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宅間被告人精神鑑定医のメディアへの発言と報道に関する提言

2004.4.21


2004年4月21日

日本精神神経学会 御 中
日本民間放送連盟 御 中
日本新聞協会   御 中
日本放送協会   御 中

東京都港区愛宕 1-6-7
愛宕山弁護士ビル 306号
社団法人 自由人権協会
代表理事更田義彦
弘中惇一郎
紙谷雅子
田中宏


宅間被告人精神鑑定医のメディアへの発言と報道に関する提言


1、社団法人自由人権協会(JCLU)について

社団法人自由人権協会は、人権擁護を唯一の目的として1947年設立された市民団体である。当協会は宅間被告人精神鑑定医のメディアへの発言と報道に関する問題について検討してきた結果、以下のとおり、この件に関する諸問題を指摘し、提言を行う。

2、問題となった発言行為の概要

2001年6月に多くの幼く罪もない生命を奪い、また傷つけた大阪教育大学付属池田小学校事件については、その実行行為者として宅間守被告人に対する刑事審理が大阪地方裁判所で開始され、2003年8月28日に同裁判所において、有罪が宣告されるとともに死刑判決が下された。この刑事事件は、同被告人が同年9月26日に控訴を取り下げたことにより、確定した。

この刑事事件においては、宅間被告人の行為能力などについて裁判所による精神鑑定が実施され、京都府内の病院に所属する医師が、鑑定医として選任されて精神鑑定を実施した。

ところが、同鑑定医は、判決直後の8月31日に放映された「EZ!TV 宅間被告鑑定医が語る精神分析の舞台ウラ」において、インタビューに答えて、宅間被告人に対して行った精神鑑定の内容、同被告人の反応、ならびにそれに対する専門的所見などについて発言を行った。同鑑定医の同様の発言は、これ以降、新聞紙上などでも報道された。

当協会は、このような事態に対し、同年12月以降調査を開始した。その調査の過程で、上記鑑定医に対する手紙での問い合わせを行った。それへの回答において、当協会は、同鑑定医が上記の発言において裁判所や被告人の同意は得ていないこと、しかし同鑑定医は、公開の法廷ですでに証言済みであり鑑定内容は事実上公開されていること、判決後のコメントであり判決への影響はないこと、これまでにも鑑定書が市販された事実があること、そして無関係な精神科医が推理でコメントするより鑑定人自身による方が正確性がはかれること、などの理由で上記発言を行ったことを確認した。

当協会は、同鑑定医の回答に感謝するとともに、以下のとおりの問題点を指摘する。

3、精神鑑定における鑑定医の職務と守秘義務

医師は、その職業倫理と患者との信頼関係とを前提にして、問診、診察、検査などにより、患者の疾病や症状、健康状態、予後などについての秘密を知ることとなるが、それに伴い、高度の守秘義務を負うこととなる。

1981年9月10月に採択された「患者の権利に関する世界医師会リスボン宣言」においても、第8「秘密保持に関する権利」として、「患者の健康状態、症状、診断、予後及び治療に関する本人を特定し得る情報、並びにその他すべての個人情報の秘密は、患者の死後も守られねばならない」「秘密情報の開示は患者本人が明確な承諾を与えるか、法律に明確に規定されている場合のみ許される」とされている。最も歴史のある職業行動規範である「ヒポクラテスの誓い」においても、医に関すると否とにかかわらず、他人の生活について秘密を守ることが宣明されている。そして、日本医師会の会員の倫理向上に関する検討委員会が2000年2月に行った答申においても、医の倫理綱領について、「診療情報の開示は、あくまでも患者に対するもので、第三者に対する公開ではないことに注意すべき」であり、「最近では、報道機関からの情報公開の要求が強くなり、有名人の病状の説明や昨今の脳死体からの臓器移植をめぐる過剰な取材報道をみると、患者の秘密やプライバシー保護について考えさせられるところも多い。医師は情報公開の流れの中で、患者の秘密やプライバシーの保護について十分に配慮すべきである。」との注釈が付けられるにいたっている。

すなわち、医師の守秘義務が解除されるのは、患者の明確な承諾がある場合か、もしくは法律に明確に規定されている場合、すなわち守秘義務に優る高度の必要性がある場合に限られるのである。

また、刑法134条は、医師が業務上知り得た人の秘密を正当な理由なく漏らしたときには刑罰に処することを定めている。精神鑑定の目的であっても、医師は、それを業務として行うのである。医師は、その鑑定の過程で、直接被告人に対する問診、診察、検査などを通じてその秘密を知ることになる。このようにして知った被告人患者の疾病や症状、健康状態、予後などについて、医師が、業務上知り得た人の秘密として守秘義務を負うことは明らかである。この場合、鑑定人たる医師は、鑑定書の作成提出及び法廷での証言により、知り得た秘密を一定の範囲で開示することとなるが、これは刑事訴訟法に基づいて許されているに過ぎない。

4、精神鑑定医によるメディアへの発言における問題点

すでに述べたとおり、鑑定医は、鑑定内容について法廷で証言をすることが許され、また、求められている。しかし、そのことから、法廷で証言した内容について守秘義務が完全に消滅して、その後は他の場所でも開示することができるとするのは適当ではない。

そもそも、法廷での傍聴は、傍聴者数がきわめて限られている上に、録画・録音などは許されていない。また、証人尋問は、検察官、弁護人、裁判官という別個の立場から、長時間にわたり、あらゆる角度で行われる。したがって、傍聴人の印象や記憶はさまざまである。プロの記者の傍聴記事でさえ、証言の一端についての個人的印象という域を出るものではない。したがって、傍聴人を介して解して外部に伝わる情報は鑑定意見そのものではなく、たまたま鑑定人尋問を傍聴した1人の人の個人的印象に過ぎない。以上の通りであるから、公開の法廷で証言したからというだけで、鑑定内容そのものが公開されたということにはならず、まして、鑑定人の守秘義務が免責される理由になるとは言えない。

単なる一般の証人であれば、法廷外で自分の見聞したことを語ってはならないという義務は存しない。しかし、鑑定医は基本的に守秘義務を負っているのであり、一般の証人と同視することはできない。鑑定医が、職業上知り得た秘密について法廷での証言が許されるのは、法に基づいて許されている(換言すればそのような高度の必要性がある場合である)からである。

したがって、その必要性の認められない他の場所で、同じことをすることが許されるはずがない。

以上の通り、鑑定医が、法廷外の場所、特にマスメディアのように伝播力が大きい機関に対して、鑑定内容について直接話すことは、影響も大きく、医師の守秘義務に著しく反するものでもあり、許されることではない。

5、精神鑑定書の法廷外利用の実情と問題点

宅間被告人を鑑定した医師が自由人権協会への回答の中で言及しているように、一般に、鑑定書がほぼそのままの形で一般書籍として出回っているという事実がある。当然ながら臨床場面での守秘義務規則は、鑑定のための評価診察や報告書にも適用されるから、「いかなる公開も制限される」(精神医学と法のアメリカンアカデミー(AAPL):法精神医学実践の倫理ガイドライン)はずである。

WPA(世界精神科協会)の1996年マドリード宣言では、治療関係という文脈の中でだが、「精神科医は、治療関係の中から得た情報を、個人的理由、または経済的あるいは学問的利益として利用することを禁じられている」となっている。

医者の倫理性が日本より確立されているヨーロッパでは、法精神科医や他の専門家間でのケーススタディを行う場合にも、鑑定対象者に鑑定書とビデオ(鑑定の様子を録画しておく)の利用許可を得ることになっている。

しかし、わが国の精神科医のあいだでは、「学問的研究のため…」という名目のもとに、鑑定書のコピーが出回っていることが公然の事実である。しかも、それらの倫理的責任が専門家内で問題化され、追及追求されたことすらないようである。少し古い話だが、容疑者が留置鑑定されている病院スタッフに、鑑定医が“お礼”として鑑定書を提供したということもあった。

また最近では、重大事件を起こしてからの措置入院先は自治体立病院がほとんどであり、この結果、自治体病院の精神科医が裁判所によって選任され鑑定医となることが多いが、それら病院の学会員を対象とする研修会では部外者を締め出して、学会員の担当鑑定医がケーススタディとして講義をすることがある。そのような時に鑑定対象者の利用許可を得るということが行われているという様子はない。こうしてみると、プライバシーと守秘義務の尊重が確立されている欧米と比べると、学問・研究のためなら多くのことも許されると考えている日本の専門家の倫理性はあまりに多くの問題がある。今回の、宅間被告人の鑑定医のメディアへの発言の問題も、このような背景があったことが影響していることが否定できない。

6、精神科医によるメディアへのコメントの限界

鑑定人以外の精神科医によるメディアへのコメントについては、基本的には、表現の自由の限界の問題として捉えられる。しかしながら、この場合にも前述のマドリード宣言の趣旨は尊重されるべきである。

すなわち、

(1) 鑑定医以外の精神科医は、被告人についての正確な情報を入手しておらず、その発言は一般的な見解に留まること

(2) 一般的な見解を述べたつもりでも個別事件に対する判断と受けとられる危険が大であること

(3) メディアの社会的影響力は極めて大きいく、誤解が広範に広まるおそれがあることから、具体的事件の鑑定問題に関する精神科医の発言は極めて限定的になされるべきである。

ジュネーブ大学付属法医学研究所長であり、元WHOの専門官でもある法精神科医のハーディング氏によれば、法精神科医はメディアのインタビューは一切受けるべきではないとしている。精神科医一般についても、ことが法精神科にかかわる限り、同じスタンスに立つべきである。

7、精神鑑定の内容を報道するメディアの責任

メディアによる取材・報道は、メディアによる表現の自由の体現であるとともに、国民の知る権利に奉仕するものとして十分尊重されるべきものであることは言うまでもない。

また、裁判の公開は、裁判の公正を確保するために憲法で保障されており、公開の趣旨は、一面、国民の知る権利に応えるべく、報道の自由を保障している。

しかし、同時に、メディアによる報道の、国民に対する影響力、情報の伝播力の大きさにも十分注意が払われなければならない。

刑事訴訟における報道の自由が、被告人等の利益保護のためには制限されることがあるのは、憲法82条2項本文の非公開あるいは準備手続の非公開、さらには規則によって写真撮影・録音などが規制されていることに表れている。

同様に、刑事訴訟手続において証人、鑑定人等が、その職務上守秘義務を負っている場合等、秘密を遵守しなければならない法律上の義務がある場合には、これらの義務遵守と抵触する危険のある報道には、一定の配慮が必要とされると解する。

本件は、刑事訴訟手続において精神鑑定が行われ、かつ公開の法廷で鑑定人の証人尋問が実施された場合に、当該鑑定医が報道対象者となったものである。

精神鑑定の内容に関わる本件の報道によって、被告人のプライバシーが侵されたのみならず、鑑定医が守秘義務違反を問われかねない事態となった事実を、メディアは厳粛に受け止めるべきである。

今後、メディアは、本件のような報道が、被告人の利益あるいは鑑定医の守秘義務遵守に抵触する危険のあることを十分考慮し、鑑定医の発言を直接報道することは原則として慎むべきである。

8、結論

以上に指摘した、宅間被告人鑑定医のメディアへの発言と報道に関する多くの問題、とりわけ被験者のプライバシーと医師の守秘義務に与える重大な影響に鑑み、当協会は、精神鑑定に関する秘密保持と報道について、以下のとおり提言する。

(1)精神鑑定を行う鑑定医ならびにメディアは、精神鑑定の内容に関わる報道が鑑定医の守秘義務を大きく損なう危険のあることを考慮し、鑑定医による法廷法定の手続外での鑑定内容の開示、ならびにメディアによる鑑定医の発言を直接報道することは、厳に慎むべきである。

(2)精神鑑定を行う精神科医の学会は、精神鑑定を行う鑑定医の守秘義務の内容と保持手続について、早急に自主的な基準を作成するべきである。

(3)精神鑑定を取材するメディアは、鑑定医の守秘義務に配慮した取材を行うために、早急に自主的な基準を作成するべきである。


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