
2003.9.25
2003年9月25日
| 代表理事 | 更田義彦 |
| 同 | 弘中惇一郎 |
| 同 | 紙谷雅子 |
| 同 | 田中宏 |
自由人権協会は、かつてサリドマイド薬害事件について弁護団を組成しその裁判を支援した経過から、サリドマイドの危険性を熟知しており、近時、国内においてサリドマイドがなんらの規制を受けることなく使用されている事態を看過することができないので、その危険性にかんがみ、以下のとおり、その規制等について緊急に提言する。
現在の我が国におけるサリドマイド輸入・使用状況等の実態につき、以下の事項を調査・公表すること
海外から輸入されている全てのサリドマイド剤について、有効成分の純度及び不純物ないし添加物の内容・含有率
サリドマイドの輸入・販売・使用等につき、現行法上可能な下記の規制を直ちに実施すること
輸入されたサリドマイド全部について、直ちに米国におけるSTEPSと同程度の準則を作成し、それに準拠した規制をするなど、公衆衛生上の危険の発生を防止するに足りる措置(70条)を命令すること
サリドマイド剤を販売する目的での宣伝広告は勿論、形式上ホームページ等で所属 医師がサリドマイド使用を公開しているとの体裁をとっている場合でも、それが実質上サリドマイド剤の宣伝広告に該当する場合は、薬事法68条、85条に基づいて規制すること
サリドマイドは、1950年代後半ないし60年代初頭にかけて日本でも販売・使用され、その結果、催奇形性等により多くの重大な被害を生んだ。すなわち、妊娠初期にサリドマイドを服用した場合、胎児は毛細血管などの組織の成長が妨げられ、両側性に上肢、前腕が短縮し、あるいは拇指側から手指が欠損または変形するなどの奇形を生じ、或いは聴覚欠損、顔面神経麻痺などの障害、心臓疾患、消化器系の様々な部位での閉塞・狭窄、ヘルニア、胆嚢や虫垂等の欠損等、多岐に渡る内臓障害が発生した。服用した本人にも手足の感覚がなくなる末梢神経炎が起きるなどした。
かかる重大な被害が生じたため、サリドマイドは販売が停止された。
ところで近年、サリドマイドに多発性骨髄腫等に対する一定の治療効果があるとの報告があり、そのため、日本では製造承認されていないにもかかわらず、個人輸入という形で大量のサリドマイドが輸入されている。
過去のサリドマイド事件の経緯に照らし、新たなサリドマイド被害を一件たりとも出さないとの観点から、国には、現行法上可能な被害防止策を直ちに講ずる必要と義務がある。そこで、本提言を行う次第である。
上記の通り、現在、個人輸入という形で大量のサリドマイドが輸入されているが、その実態については正確な情報がない。被害防止策を講ずる前提として、まず何よりも現在の我が国におけるサリドマイドの輸入・販売・使用等に関する実態の正確な把握が必要不可欠である。そこで、国において早急に(1)ないし(4)の事項について調査・公表することを提言する。
サリドマイド等薬品の輸入に関して、現行制度下では、輸入貨物が薬事法に違反しないことを証明するための薬監証明が必要である。薬監証明の存在により、サリドマイド輸入実態の調査は容易である。
財団法人いしずえが厚生労働省に対して2002年12月20日付で提出した「日本での新たなサリドマイド被害の防止に関する要望書(第2回)」に対する厚生労働省の回答によれば、我が国へのサリドマイドの輸入量に関し、平成13年度分については国会議員からの問い合わせがあったので回答できるがその他は不明である、そもそも薬ごとに分類して集計していない、とのことであった。しかし上記の通り、薬監証明の存在により、サリドマイド輸入実態の調査は容易なのであるから、現在サリドマイドだけを集計していないのであれば、直ちに集計を実行されたい。
財団法人いしずえが厚生労働省に対して2002年9月25日付で提出した「日本での新たなサリドマイド被害の防止に関する要望書」に対する厚生労働省の回答によれば、サリドマイドの輸入代行を行っている業者のリスト作成、取扱実績、輸入代行方法の調査に関しては、薬監証明には輸入代行業者の名前を記入する欄がない、とのことであった。
しかし、薬監証明に輸入代行業者の名前を記入する欄がないのであれば、早急に薬監証明書に輸入代行業者名の記載欄を設けるように改訂すべきである。上記の通り、薬監証明は、輸入貨物が薬事法に違反しないことを証明するためのものであって、輸入代行業者についても当然にこの趣旨が該当するのだから、そのような書式の改訂には何の問題もない。
財団法人いしずえが厚生労働省に対して2002年9月25日付で提出した「日本での新たなサリドマイド被害の防止に関する要望書」に対する厚生労働省の回答によれば、医療機関におけるサリドマイドの使用実態に関しては、医師の個人輸入の場合、報告義務がなく調査が困難、とのことであった。
しかし、医師が個人輸入した場合、薬監証明には、個人輸入した医師の氏名が記載されている。従って国立病院のみならず、民間病院ないし大学病院でサリドマイドが使用された場合も、その実態の調査は容易である。この調査も直ちに実行可能であり、早急に実施されたい。
現在、厚生労働省は、個人輸入の場合、医師の自己責任であるとの立場をとっているようであるが、厚生労働省自身が輸入されたサリドマイド剤の品質を調査することは、何ら問題はない。
薬事法70条は、一定の医薬品につき、医薬品等を業務上取り扱う者に対して、廃棄・回収その他公衆衛生上の危険の発生を防止するに足りる措置を採るべきことを命ずることが出来る、としている。
この場合、医薬品等を「業務上取り扱う者」の中には、個人輸入した医師も含まれる。即ち「業務上取り扱う者」とは、広くその者の社会生活上の地位に基づいて継続して医薬品を取り扱う者を言い、その業務が営利を目的とするか否か、その業務がその者にとって主たる業務であるか否かを問わない。又、それを取り扱う目的が販売・授与のためか、或いは直接使用するためかも問わない。従って、「業務上取り扱う者」には、輸入販売業者だけではなく、病院等に勤務する医師等も含まれると解すべきである。
そして70条の対象となる医薬品としては、「輸入の承認を取り消された医薬品」も含まれる。現在、サリドマイドは、未承認薬との取扱がなされており、形式的にはサリドマイドは承認取消薬に該当しない。しかし、サリドマイドが未承認薬として扱われているのは、サリドマイドが問題化した1960年代初頭には医薬品の承認取消という制度がなかったため、当時サリドマイドの販売を停止するための苦肉の策として、製薬会社がサリドマイドの承認許可申請を取り下げるという方法をとったことによる。当時現行制度のように承認取消制度が法制化されていれば、多数の重大な被害を出したサリドマイドの承認が取り消されたことは確実である。かかる法制度上の事情により形式的にサリドマイドを未承認薬として扱うことは妥当でない。従って、現在未承認薬との扱いがされているサリドマイドも、現行法上の承認取消薬に準じて扱うべきであり、70条の規制対象となると解するべきである。よって、70条に基づき公衆衛生上の危険の発生を防止するに足りる措置を命ずることは可能であり、その措置を命ずる前提として、海外から輸入されている全てのサリドマイド剤について品質を調査することは、現行法上可能である。
サリドマイドの輸入・販売・使用等につき、新たな立法により規制する方法も検討されるべきであるが、現行法下でも提言aないしcに記載した規制は直ちに可能であるから、上記提言の規制を直ちに実施すべきである。
薬事法44条の「毒薬」とは、「毒性が強いものとして厚生労働大臣が薬事・食品衛生審議会の意見を聴いて指定する医薬品」である。具体的には「これが摂取、吸収、外用された場合に極量が致死量に近いため、蓄積作用が強いため、薬理作用が激しいため、人又は動物の機能に危害を与え、又は危害を与えるおそれがあるもの」である。現在、毒薬指定は、急性毒性の強いものに限らず、臨床上副作用の発現率の高いもの又はその程度の重篤なものに対しても行われている。サリドマイド剤は、催奇形性、血栓症等の重大な副作用を有しているのだから、当然、薬事法上の毒物に該当する。然るに、現在、サリドマイドは毒物指定されておらず、放置されたままになっている。
サリドマイドを毒物指定することは、重大な被害の発生を防止するために有効である。即ち、50年代末ないし60年代初頭にかけ、サリドマイドは重大な被害をもたらしたが、既に半世紀近く前の事件でもあり、近年、必ずしも事件の内容やサリドマイドの副作用等について周知されているとは限らない。昨今、個人輸入後医師から処方されたサリドマイドを、患者が別の患者に譲渡したり、処方された患者の妻が睡眠薬として服用した事例などが発生している。これらの事例は、医師が処方の際返却同意書を作成したにもかかわらず発生したものである。このような場合、端的にサリドマイドの直接の容器等に「毒」と表示されていれば、その危険性は一目瞭然であり、万が一違法に譲り受けた場合においても譲り受けた者は注意喚起されて用心するのであり、上記のような事態は相当程度防止できる。
サリドマイドが毒物指定された場合は、上記のような「毒」との表示義務(44条1項)の他、表示しないで販売し、授与し、又は販売・授与目的で貯蔵・陳列することの禁止(44条3項)、販売・授与の際の譲受人からの文書(品名、数量、譲渡年月日,譲受人の氏名・住所・職業記載)交付受領義務(46条1項)、14歳未満の者、安全な取扱をすることについて不安があると認められる者に対する交付制限(47条)、貯蔵・陳列にあたり他との区別、かぎを施す義務(48条)、これらに違反した場合の刑事罰(84条以下)等の多数の規制がある。そのため、毒物指定は被害防止に相当程度有効である。
他方、毒物指定したとしても、骨髄腫の治療に必要であると判断する医師が厳格な管理の下で処方すること自体には何ら支障はない。
従って、現行法上採りうる法的手段として、直ちにサリドマイドを毒物指定すべきである。
上記の通り、個人輸入された未承認薬であるサリドマイドについても、承認取消薬に準じて薬事法70条により、公衆衛生上の危険の発生を防止するに足りる措置を命令することが可能である。個人輸入であるから医師個人の責任であるとして厚生労働省が放置することは許されない。
未承認医薬品については、薬事法68条により広告等が禁止されている。
財団法人いしずえが厚生労働省に対して2002年12月20日付で提出した「日本での新たなサリドマイド被害の防止に関する要望書(第2回)」に対する厚生労働省の回答によれば、サリドマイドの広告・宣伝に関する規制について、薬を販売する目的のための宣伝行為は薬事法違反だが、ホームページで所属医師がサリドマイドを使用していることなどを公開するのは問題ない、とのことであった。しかしその場合であっても、宣伝広告に該当するか否かは、形式的に判断すべきではない。病院のホームページ等で所属医師がサリドマイド使用を公開しているとの形式を採っている場合であっても、それが実質上サリドマイドの宣伝広告に該当する場合は、規制の対象となると解すべきである。
如何なる法規制を行っても、市民一般がサリドマイドの危険性について十分な自覚をしないのでは被害は防げない。特に上記のとおり近年サリドマイドの副作用が周知されていないことを伺わせる事例も生じていることから、広く一般社会に対して教育・啓蒙活動を行うことは必要不可欠である。
医師自身が、サリドマイドのリスクを認識できる能力を身につける必要がある。万が一被害が発生した場合、診断に当たる医師が原因を推測し、直ちに適切な対応ができるようにするため、医師への教育が必要である。
新たなサリドマイド被害を一件たりとも出さないとの観点から、以上のような実態調査や法的規制を実施し、実効性を持たせるために、被害防止策及びその法的規制の履行を継続的に検討・監視するための、厚生労働省・医師・薬剤師・法律家・サリドマイド被害者・患者会等により構成される、監視機能を有する研究班を設置することが必要不可欠である。
以上の次第で、提言に及ぶ。