
2003.5.21
2003年5月21日
| 代表理事 | 更田義彦 |
| 同 | 弘中惇一郎 |
| 同 | 紙谷雅子 |
| 同 | 田中宏 |
「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(以下「現行法」)が1998(平成10)年10月2日公布され、1999(平成11)年4月1日に施行された。現行法に基づき、1998(平成10)年12月15日、「感染症の予防の総合的な推進を図るための基本指針」(以下「基本指針」)が、1999(平成11)年10月4日には「後天性免疫不全症候群に関する特定感染症予防指針」が、それぞれ定められた。
現行法の規定については、「同法施行後5年を目途として、感染症の流行の状況、医学医療の進歩の推移、国際交流の進展、感染症に関する知識の普及その他この法律の施行の状況等を勘案しつつ検討するものとし、必要があると認められるときは所要の措置を講じる」ものとされている(現行法附則第2条1項)。また、現行法第6条に規定する感染症の範囲及びその類型についても、「少なくとも5年ごとに、医学医療の進歩の推移、国際交流の進展等を勘案しつつ検討するものとし、必要があると認められるときは所要の措置を講じる」ものとされている(現行法附則第2条2項)。
当協会は、現行法施行後5年(2004(平成16)年3月31日)を迎えるにあたり、この間の状況を踏まえ、また現行法が当初から有する問題点等を改めて検討し、次のとおり所要の措置を講じることが必要であると考え、意見を述べるものである。とりわけ、昨今、SARSなど新たな感染症への対応を余儀なくされている事態があるが、現行法の見直しに際しては、感染予防を重視するあまり患者の権利を過剰に制約することがないよう、冷静な議論をする必要がある。
以下の諸点は、現行法制定時に、当協会が新法の問題点として指摘した事項である。施行5年を迎えるにあたり、所要の措置を講じるべき事項である。
現行法は、例えばエイズについても指定感染症に指定することにより、理論上強制入院が可能な法体制をとっている。しかし、エイズ患者を強制入院させるような医学的科学的必要性は全く存在しないことに加え、人権尊重の見地からは、既に病像が明確な感染症(たとえばエイズなど)に対しては、いたずらに社会不安をあおることなく、医学的・科学的に冷静な対応をしていくことがなによりも必要であるが、法律、特定指針及び基本指針の見直しにおいては、まずその点を明らかにし、医学的、科学的に必要のない強制入院等がなされないようにすべきである。
新たな疫学的変化については機敏な情報収集と分析(いわゆるサーベイランス)が必要な場合が想定されること、そしてエイズ初期の対応のおくれがHIV感染の拡大を招いたことに対する反省、日本におけるHIV感染者数は増加の一途をたどり今後飛躍的に増加する危険性が指摘されていることなどから、適切なサーベイランスが行われることもまた必要であることは言うまでもない。
しかしながら他方で、プライバシー保護は最大限優先されるべき人権問題であって、プライバシー保障の見地から、公的機関が扱う個人情報は必要最小限でなければならない。
そのような必要最小限性を確保するためには、サーベイランスが余儀なくされるとしても、その必要性と範囲が科学的に説明される必要があり、それによって得られた個人情報の管理について、管理者の特定、管理規則の作成、違反した場合のペナルティーなどについて、個人情報保護の仕組が、特定指針等に盛り込まれる必要がある。
さらに、サーベイランスが効果的であるためには、「イニシアル」と「生年月日」をダブルカウント防止のために収集する必要性を否定できない反面で、そのような情報収集が個人を特定する結果とならないように、その情報を地域的な単位で使用することなく国家単位で集中的に管理するなど、プライバシーを最大限に尊重する措置が必要とされる。
感染症対策を効果的に行うためには、居住者に対して治療の例外が生じる事態は本来あってはならないはずである。しかしながら、いわゆるオーバーステイ外国人に対する医療は、現在きわめて不十分な状態であり、医療費の負担ができないため医療拒否が起こる現状はとうてい放置できない。
それゆえ、国籍、滞在の適法性を問わず、少なくとも現行法の定める感染症医療は提供されるべきであることを、現行法等に明記すべきである。
現在医療現場で行われている妊婦スクリーニングは、女性に何ら情報を与えることのないままHIV感染女性の出産を事実上否定する結果をもたらす可能性がある。そのような事態は、女性の妊娠・出産についての自己決定権を明らかに侵害するものであって、必要かつ合理的な施策とはほど遠い。早急に、女性に対して十分な情報を提供しつつ母子ともに安全な出産を確保する方法とシステムを確立し、また出産後の家族が社会的に受け入れられる環境を整備する必要がある。また、そのためには、女性の感染者、医師らの参加を得た制度の確立が急務であることから、そのことが現行法等に明記されるべきである。
以上述べたすべての問題に関連して、感染症教育の重要性は明らかであるところ、抽象的にその重要性を強調するだけでは十分ではない。感染症についての啓発教育について、具体的なプログラムを策定すべきである。たとえば、外国人が母国語で疾患の理解をえることができるような仕組みを作ること、女性が感染を防ぐ方法を理解できるような仕組みを作ること、そのための予算措置をとること、地方自治体に毎年教育計画を立てさせて見直しをさせること、啓発教育の実施についてNGOに委託することなど、具体的なプログラムを現行法等に盛り込み、かつ後述の継続的監視機関の活動によってその継続的実施を担保すべきである。
特定指針等の実施状況を監視するためには、より具体的なプログラムの作成、各自治体における実施状況の調査、勧告等を、継続的にかつ省庁間の壁を越えて行うことが必要であるから、そのような任務にあたる継続的監視機関を設立すべきである。
以下は、当協会が、現行法制定時に将来の課題として指摘し、また現行法の運用結果から新たに必要とする事項である。今回、所要の措置として検討されべきである。
個人情報を保護しつつ十分な疫学情報を収集するためには、既に指摘したとおり、現行の都道府県単位、保健所単位の対応は適切ではない。集中的に疫学情報を収集、研究しかつ勧告権限をもつ疾病管理機構(仮称)を、米国疾病コントロールセンター(CDC)などを参考に創設すること、同機構において個人情報保護について十分な仕組みを創設すること、その実現方法(新組織の創設か、既存組織の改組か)について、十分議論を尽くし、その成果を所要の措置として講じるべきである。
感染症といっても、感染経路の違い、感染のしやすさの違い(たとえばHIVは感染しにくい)、ウイルスそのものの排出される期間の違い(例えばインフルエンザでは、いつまでもウイルスが排出されているわけではない)、発症のしやすさ(例えば、個体の感受性の違いーポリオ)、など様々であるから、エイズその他の「特定疾病」(現行法第11条、厚生省令第2条)だけでなく、その他の疾病についても各疾病ごとに、冷静な医学的科学的見地から対応指針をたてる必要がある。
現行法の問題点として、主として医療従事者側から疫学統計データ報告の義務づけが必要であるとの指摘がなされるが、これについては慎重に対応すべきであって、義務づけの前提として個人情報保護の仕組みが確立されること、医療従事者が個人情報保護の重要性を一層理解するよう研修・教育制度を充実させることが必要である。
適切な感染症類型に基づく冷静な対応こそが患者の人権を守ることにつながる。感染経路別に基づく分類と感染症の危険度に基づく分類が適切な感染症分類の方法である。このような視点からは、現行法の感染症類型分類は必ずしも適切とはいえないので、見直しが必要である。