Amicus Curiaeの必要性・有用性
Amicus Curiaeが我が国の裁判制度に必要・有用とされる理由の第一は、Amicus Curiaeにより、現在よりもさらに広く市民に支持されるような正しい裁判を確保し、これによる市民の司法への信頼を醸成することができることです。
まず、判決の結果に事実上の利害・関心を有する者の意見を広く参考にすることは正しい裁判の確保につながります。とりわけ民事訴訟は伝統的に私人間の具体的権利義務の紛争解決を目的としており、民事訴訟の手続構造は当事者主義的構造を前提としてきたことから、判決は裁判の当事者のみを拘束する相対的なものであると考えられてきました。しかしながら、判例法主義または制定法主義のいずれをとわず、裁判の判決が先例となり、将来の判断に影響を及ぼす以上、当事者のみならず判決の結果に対し事実上の利害又は関心を有する者が存在することは否定できません。事件の種類によっては裁判所は背後に社会問題が控えた重大な法律問題を解決し、立法に代わって政策形成について積極的役割を担わなければならない場合があります。たとえば、差別、表現の自由、宗教の自由、環境をめぐる問題などの憲法訴訟や行政訴訟は、その判断の結果が裁判の当事者個人のみならず特定のグループまたは市民全体に影響を与えます。
次に、裁判所の友が裁判の当事者の一方を支援することにより、個人の当事者の訴訟遂行能力を補充し、公平で正しい裁判を確保します。たとえば、訴訟当事者間で著しく訴訟遂行能力が不均衡な場合、個人が会社や国などを相手に訴訟を行う場合、Amicus Curiaeの関与によって訴訟遂行能力の不均衡を是正することができます。このことは刑事訴訟においても全く同様です。
さらに、Amicus Curiaeは裁判所の調査活動の補充機能を果たし、正しい裁判を確保することができます。たとえば、死刑制度の是非、わいせつ概念などは市民の意識が判断に反映せざるを得ないはずですが、とくに弁護側にとってこの資料の収集は容易ではありません。Amicus Curiaeとして市民が提出する政治的、経済的、社会的データは裁判所の判断のための重要な資料と考えられます。
また、近年の訴訟の専門化・高度化に伴い、専門知識を有する個人や団体がAmicus Curiaeとして訴訟に関与するならば、裁判所にとって新しく難解な法の分野の形成を正しく行うために有益でありましょう。
国内的な視点からだけではなくAmicus Curiaeは国際化の観点からも正しい裁判に役立ちます。国際化の進展によって訴訟も国際化が進んでおり、外国法の解釈や外国の文化、習慣、制度を前提に裁判を進める必要のある場合に、外国の個人、団体等がAmicus Curiaeとして意見書を提出できるならば、裁判所はこれによって正しい判断を行うことができます。そして、外国における日本の裁判制度への信頼も増すことは疑いありません。
Amicus Curiaeが我が国の裁判制度に必要・有用とされる第二の理由は、市民に司法参加の機会と意欲を与えることができることです。市民にとって、裁判の内容や結果は、公開裁判の傍聴や新聞等のマスメディアの報道によって知るところがほとんどであり、市民の権利義務に関連するところが大きいにもかかわらず、裁判は市民にとって遠い存在となっています。市民が裁判手続に直接関与しうるAmicus Curiaeは、市民の裁判に対する関心を引き寄せる原動力になると考えられます。これからの社会の公益的活動は、NPO法人などの団体などによって担われることが多くなると考えられますが、様々な分野で専門的知識や経験を蓄積した市民団体が、Amicus Curiaeの制度によって司法に参加し貢献することが大いに期待されます。
Amicus Curiaeの制度を導入するについては、訴訟資料が膨大になり裁判所の負担が増大する、裁判官に対する圧力となる、裁判官が法と論理を軽視し具体的解決を誤る危険がある、ロビイングの一部であり感情の表明にすぎず有用でない場合が多いなどの指摘も予想されます。しかしながら、ここに述べたとおりAmicus Curiaeにはこれらの指摘をはるかに上回る有用性が存在すると考えられています。
なお、米国では連邦司法省公民権部など政府機関のAmicus Curiaeの意見書の有用性が指摘されていますが、我が国では政府の意見に裁判所が左右されることに対する懸念があること及び市民の司法参加として制度を位置づけることから、国の機関は「裁判所の友」から除外しました。