
千葉大学法経学部助教授 金原 恭子
早稲田大学政治経済学部助教授 川岸 令和
社団法人自由人権協会会員弁護士 小町谷 育子
Amicus Curiae(裁判所の友)とは、英米の裁判所において慣行上認められてきた制度であり、当事者(参加人を含む)以外の第三者が、事件の処理に有用な意見や資料を提出し裁判所を補助する制度である1 。
Amicus Curiaeは、ローマの裁判制度にその起源を有し2、イギリス3そしてアメリカに継受されて発展をとげたといわれている。
アメリカの裁判は、連邦と州の裁判制度の重層構造になっており、連邦4及び州のいずれにおいても、Amicus Curiaeが認められている5。このうち、Amicus Curiaeの意見書の提出が盛んであり、提出のための要件の厳格な6連邦最高裁判所のAmicus Curiaeを概観する。
当初、連邦最高裁判所は、当該事件に特別の関係もしくは利害があることを疎明しうるのみでAmicus Curiaeの申立てが許されるとしていたが、1939年にはじめて連邦最高裁判所規則に、Amicus Curiaeの意見書は事件の全当事者の同意があるときに提出できると規定され、Amicus Curiaeの意見書の提出が制限されることになった。その後、1949年に、当事者の同意がない場合の提出許可の手続が加えられ、数度の改正を経て7、現在、同裁判所規則37がAmicus Curiaeの意見書について以下のとおり規定している8。
(b)訴訟当事者が同意を拒んだ場合には、最高裁判所に対し、サーシオレーライの令状の申立て、訴状提出許可の申立て、管轄についての陳述または特別令状の申立ての考慮前に、Amicus Curiae意見書を提出する許可の申立てをすることができる。申立ては、規則33.1の要件に従い作成され、提出を求める意見書とともに1つの書類として、Amicus Curiae意見書の提出が許される期間内に提出されなければならず、同意を拒んだ当事者を明示し、申立人の利益の性質を説明しなければならない。当該申立ては好意的に考慮されない。
(b)最高裁判所に口頭弁論のために係属する事件において、当事者が同意を拒んだ場合には、最高裁判所に対し、Amicus Curiae意見書の提出許可の申立てをすることができる。申立ては、規則33.1の要件に従い作成され、提出を求める意見書とともに1つの書類として、Amicus Curiae意見書の提出が許される期間内に提出されなければならず、同意を拒んだ当事者を明示し、申立人の利益の性質を説明しなければならない。
このように、連邦最高裁判所規則は、Amicus Curiae意見書を提出するには訴訟当事者の同意が必要であり、同意が得られない場合には、裁判所に対し提出許可の申立てをする必要があるとしている。この許可は裁判所の全くの裁量に属するが、現在、連邦最高裁判所の運用は、Open Door Policyであり9、ほとんどの提出許可の申立てが認められている10。
Amicus Curiaeの法的地位は、裁判所に助力を与える地位であり、訴訟当事者ではない。すなわち、訴訟におけるAmicus Curiaeの意見書の通常の目的が、裁判所が見逃すかも知れない事実または事情を裁判所に知らせ、また裁判所が気づかず誤った解釈をする危険があると思われる法的事項を裁判所に示唆することにある11と解されているため、Amicus Curiaeの関与は権利ではなく特権にとどまっており、この特権は裁判所の裁量に依拠している。
そこで、Amicus Curiaeとしての関与を否定された場合でも、裁判所の判断に対し不服の申立てはできない。また、Amicus Curiaeは、意見書の提出によりその役割を終了し、書類の送達、書面の提出、手続上の申立て、証拠の提出、証人尋問、上訴のような訴訟当事者に認められている権利を行使できない。
Amicus Curiaeは、裁判所の誤判を防止する機能を有していると指摘されている12。そもそも、当事者が自己の主張にたって相互に争うという当事者主義的訴訟構造によって正しい裁判が確保されるというのが英米の伝統的な考え方であるが、Amicus Curiaeの制度は、第三者が訴訟に関与する点で、この伝統的な考え方と逆行するものである。しかし、英米でAmicus Curiaeが認められたのは、より大きな公益を実現しうると考えられたからであり、その基底には2つの考慮が働いていたとされる12。
1つは、裁判の影響を受けるのは、直接にはその効力の及ぶ当事者であるが、実質的に考えた場合に、先例を形成することにより、将来の法に影響を及ぼし(判例法主義をとる場合、その考慮はいっそう大きい)、また紛争解決手段として裁判に訴える民衆の態度の基盤となる、裁判所に対する信頼感に影響し(このことは法への信頼の存否につながるであろう)、さらにもっと広く、裁判の内容によっては、政治的、社会的効果をもつ(違憲審査権を行使するときなどは、とくにそれが著しい)のであり、したがって当事者以外の者にとっても無関心でありえず、とくに誤った裁判によって影響を受けることを防止することは、それらの者の当然に望むところであるとする考え方である。
いま1つは、当事者が自己の利益をまもるために争うことが正しい裁判の実現のために有効であるという当事者主義のたてまえにもかかわらず、当事者の不注意、能力の不足14、ときには当事者間の馴合いによって、正しい裁判に必要な資料が出されないことがありうるのであり、その場合には、裁判所は職権により、あるいは申立てにより、第三者の意見や事実の陳述の助力をうることが必要になるという考慮である。
初期のAmicus Curiaeは、後者の裁判所への告知的機能に重点が置かれていたが、法令集、立法者の意思の資料となる議事録、判例集が整備され、刑事被告人に弁護人選任権が保障されるにしたがい、このようなAmicus Curiaeの告知的機能の必要性は減退していったとされる15。現在のAmicus Curiae意見書は前者の特に一定の社会的利益に対する裁判の結果の影響を明らかにする機能にその重点が移っている。すなわち、裁判の結果に直接又は間接に影響を受ける利益層が、裁判の持つ意味を社会状況のうちにとらえ、その重要性の指摘に立脚して、これらの裁判に影響する社会的、経済的効果を詳論し、裁判所の注目をひくためにAmicus Curiaeとして参与しようとする動きが顕著となってきている16。多くの人びとの利害にかかわる社会性を帯びている労働問題、人権問題、消費者問題、貧困問題等の分野のいわゆる公共訴訟17においては特にその傾向があるといえる。ここで、Amicus Curiaeとして参与しようとするものは集団的利益を代表する者となり、さらに特定の目的をもつ団体になっている。これらの団体は、労働団体や事業者団体などの職能団体と、アメリカ自由人権協会18、全米有色人種地位向上委員会19、アメリカ・ユダヤ人会議などの非職能的な公益を目的とする団体に大別することができる。
このような団体がAmicus Curiaeとして訴訟に積極的に関与した例として、表現の自由20、宗教の自由21、学校教育における人種差別の撤廃22、中絶の権利23、優遇措置(アファーマティブアクション)24、死ぬ権利25、ゲイの権利26などがあげられる27。
民間の団体のほかに、政府や行政機関が、私人間の訴訟において公的な利益に密接な関係のある事項が争われているとき、裁判所の判決のなかでその所管する法律の解釈を明確にするためにAmicus Curiae(いわゆるgovernment amicus)として訴訟に関与する場合がある28。ただし、このgovernment amicusを考えるうえで、日本の行政権の姿勢とアメリカの行政権の姿勢との間には大きな差異があることに注意が必要である。たとえば、アメリカ連邦政府の司法省には公民権部があり、国民の人権を守るために活動し、必要があれば「公共の利益」を代表して公民権訴訟に参加関与したり、場合によっては州や市などの公共団体を相手に人権侵害を理由に訴訟を提起するなどしており、「公共の利益」を代表することに行政が積極的に活動しているのである29。
Amicus Curiaeが、公正な助言者から特定の利益団体の主張者に変ってきたために、次のような弊害が指摘されるようになってきた30 31。
上記の弊害の防止のために、連邦最高裁判所は規則を改正してきたといわれる32。1939年の改正で、Amicus Curiaeの意見書の提出は原則として当事者全員の同意が必要とし、Amicus Curiaeを訴訟に関与せしめるべきか否かの第一次的責任を当事者にゆだねている。また、1949年、1954年の改正では、当事者が同意しない場合のAmicus Curiaeの意見書の提出許可の申立ての規定を新設しながら、申立書を5頁に限定している。
これらの規定は裁判所の負担を軽減しようとして規定されたとされるが、このような規制が厳格すぎるとの反論もあるうえ33、当事者の同意が得られなかった場合の提出許可の申立てはほとんど許可されている現状からみて、上記の弊害を理由に裁判所がAmicus Curiaeの提出を制限していることはないと考えられる。実際、Amicus Curiaeの提出数は、1960年代後半から著しく増加しており34、その弊害を上回る有用性によって、Amicus Curiae意見書が最高裁判所の判断過程に大きな影響を与えていることは否定できない35 36 。
以上