
住民基本台帳改正法案に対する意見書
1999.07.06
関係各位
(社) 自由人権協会は、「住民基本台帳法の一部を改正する法律案」に、以下のとおり反対の意見をまとめ、内閣総理大臣をはじめ、自治大臣、各政党・会派に以下の意見書を送付しましたので、報告します。
内閣総理大臣 小渕恵三殿
自治大臣 野田毅殿
各政党・会派代表各位
1999 年 7 月 6 日
社団法人 自由人権協会
代表理事 内田剛弘
同 金城清子
同 江橋崇
同 更田義彦
同 秋山幹男
住民基本台帳改正法案に対する意見書
このたび、国民全員の住民票に番号をつけ専用回線を通じて全国の自治体や国の行政機関が利用できるようにするための「住民基本台帳法の一部を改正する法律案」(以下、法案という) が衆議院において可決された。当協会は、法案について、以下のとおり意見を述べる。
意見の趣旨
法案は、住民票写の発行の簡便化等を口実として、プライバシー権その他基本的人権にもかかわる事項についての論議を回避して、「国民総背番号制度」を導入しようとするものである。
当協会は、国及び民間部門において適正に個人情報が保護される制度が確立していない現状においては、法案の成立については強く反対であり、この旨表明する。特に、この法案は、行政による個人情報の集中管理を進め、行政による情報管理社会の実現へとつながりかねないから、プライバシー保護の観点からも、本来、その導入にあたっては、国民各層の意見を広く聴取し、慎重にその是非を検討するべきである。
意見の理由
- 法案は a ないし g を内容としている。
- 住民票の氏名・住所・生年月日・性別の 4 情報に 10 桁の番号を並べた住民票コードをつける (第 7 条関係)。
- 全国の市町村、都道府県及び指定情報処理機関を専用回線で結んで、それぞれが情報を引き出せる (第 12 条の第 2 項から第 5 項まで、第 30 条の 6 及び同条の 8 第 1 項関係等)。
- 指定情報処理機関は法律で定められた利用目的に限って、国の行政機関に番号と 4 情報を提供する (第 30 条の 10 第 1 項関係)。
- 希望する住民には、住民基本台帳カードを交付する (第 30 条の 44 第 1 項及び 3 項関係)。
- 仮に情報が漏れて民間でデータベースづくりなどに利用されそうになったら、都道府県知事が中止命令を出し、従わない場合には罰則を科す (第 30 条の 43 第 1 項及び第 5 項関係)。
- 情報を漏らした公務員には、通常の守秘義務違反よりも重い罰則を科す (第 6 章関係)。
- 住民が苦情を申し立てることができる審議会や委員会を都道府県や指定情報処理機関に設置する (第 30 条の 9 及び同条の 15 関係)。
しかしながら、この法案によって導入されようとしている制度は、全国民に個人コード番号を附し、これを住民登録事務だけではなく、他の行政分野においても利用可能とするものであり、実質は「国民総背番号制度」とも言うべきものである。
さらに、この法案に基づいて発行されることとなる IC 仕様の個人用の住民基本台帳カードは、運用次第では「国民皆登録証制度」とも呼ぶべきものになりかねない。
- 2 具体的には、この法案には、以下のような問題点がある。
- 現在、各省庁には、各省庁ごとに収集・管理されている膨大な個人情報があるが、これを各省庁がコンピュータ・ネットワークで結んで相互利用しようとする計画が進められている (1997 年 12 月 20 日閣議決定「行政情報化推進基本計画の改定について」)。
この法案は、すべての個人に附される 10 桁の住民票コード番号を使用した各省庁の個人情報の収集・管理を可能とし、このコード番号を利用して各省庁が他の省庁の収集・管理した個人情報を瞬時に入手できるコンピュータ・ネットワークが構築されることを可能とする。そのような事態となれば、行政のもとに個人情報が一元的に収集・管理される体制が出現することになってしまう。しかし、現行の「行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人情報の保護に関する法律」(個人情報保護法) は、当該行政機関がどのようなコンピューター・ネットワークが構築されたのかを公示しない限り、外部から知ることはできないし、また、コンピューター入力の個人情報に対する自己情報開示請求権もきわめて限られた範囲でしか認められていないという点において、不完全なものである。
この結果、行政による個人情報の集中管理に歯止めがかからないという危険性が現実のものとなってしまう。
- IC 仕様の個人カード (住民基本台帳カード) の交付が一般的なものとなると、実生活において住民基本台帳カードの提示を求められることが日常的となり、これを所持しない者への不利益な取り扱いが法律上明確に禁止されない場合には、実際上、国民はその所持を強要されることとなるおそれも大きい。
つまるところ、現行の外国人登録証のように、国民の全てが住民基本台帳カードの所持を事実上強制される事態ともなりかねない。氏名・住所・生年月日・性別は個人そのものの情報としてその保管・管理の形態は本来、当該個人が自己決定することを原則としなければならないが、この原則がなし崩し的に侵されてしまう。
また、住民基本台帳カードには最高 8000 文字程度の書き込みが可能な記録部分が備えられることとなるものと推測されるが、読み取り機を持つ機関・民間企業も、このカードに書き込まれる個人情報は簡単に入手できることとなるので、個人情報の保護・管理が極めて不十分である。
- この法案によれば、全ての個人に附されるコード番号は、当面公共機関のみがこれを利用するものとされている。
しかしながら、実際には、任意に提示を求めることまでは禁止されていない金融機関、その他の民間企業がコード番号の提示を求めれば一般人が、これに応じることは予測できるであろう。民間企業がこの番号を利用して個人情報を収集・管理することを実際上防止しえないおそれが大きい。
民間企業がそれぞれ収集・管理する個人情報をこの番号を介して相互に利用しうることとなれば、すべての国民は、行政のみならず、民間企業によってもその個人のコード番号によって一元的に管理されることとなりかねないのである。本来、個人情報保護法は民間企業の保有・管理する個人情報をも対象とし、その適正な取り扱いをはかるべきものであるところ、既存の個人情報保護法は民間の個人情報保護までを対象とするものではなく不適正な収集・蓄積・加工・利用が野放し状態となっている。民間企業が個人コード番号を不適正に使用した場合にはこれを規制する方法がない。
- この法案によれば苦情の適切かつ迅速な処理に努めなければならないこととなっているが、この苦情処理については、その具体的な方法が全く不明である。
個人のプライバシーを保護するためには、諸外国の例を見ても明らかなように、行政機関への質問検査権のみならず立入検査権や是正勧告権などの強力な権限を持つ、独立した機関が必要である。
この点も、本来、適正な個人情報保護法によって保障されなければならない手続であるのに、この法案においては苦情処理の方法が具体的に規定されておらず、個人のプライバシーの侵害を有効に防止する制度的保障を欠いている。
- 当協会は、現行の個人情報保護法の問題点を指摘し、1988 年 4 月には「真の個人情報保護制度の制定を求めて ―― 個人情報保護法政府案の重大な問題点」を公表した。しかし、当協会の意見はほとんど汲み入れられることなく、現行法が成立した。
そこで、当協会は、かねてより、現行の「個人情報保護法」について、後記のとおりその不備を批判し、速やかに見直すべきことを求めてきた。もっとも、現行の個人情報保護法も制定の際、衆参両院が5年以内の見直しを付帯決議したが、未だに見直されていない。
この法案においても、自己の本人確認情報の訂正が請求権として認められていない (法案第 30 条の 40) が、これも、個人情報保護法が見直されていないことに起因するということもできる。国および民間部門において適正に個人情報が保護されるようにするために、既存の個人情報保護法の改正が最優先課題として行なわれるべきであり、それがなされない限り、住民基本台帳法の改正による、住民コード番号と住民台帳カードの制度化を検討する前提条件すら欠いている。
当協会は、国及び民間部門において個人情報を適正に保護する個人情報保護法を制定することなしに住民基本台帳法案を改正することには強く反対する。
(参考) 当協会の現行の個人情報保護法に対する批判の骨子は次のとおり。
- 国の行政機関のみを対象としており、民間部門が対象となっていないこと。
- 日本では、銀行・保健・クレジットカード業などの消費者信用情報を中心に大量の個人情報が民間部門で収集・保管・管理・利用されている。しかし、これらについては全く法的規制がなく、誤った情報によって銀行取引ができなくなるなど、深刻な人権侵害も絶えない。政府は速やかに民間部門の個人情報保護の規制を立法化すべきである。
- 電子計算機処理の情報のみを対象としており、手作業処理の情報が対象外となっていること。
- 政府は個人情報保護の必要は、電子計算機を中心とした情報化の進展に伴って生じたとの前提に立脚している。しかし、個人情報についての侵害は情報処理の方法が手作業であっても電子計算機であっても生じ得る。特に情報収集の段階では両者の権利侵害の危険は全く同一である。また、電子計算機導入以前にすでに政府には膨大な個人情報が蓄積されているのにもかかわらず、これらが全く規制の対象外となっている。
- 思想信条および信教に関する情報、社会的差別の原因となる社会的身分に関する情報の無限定な収集が禁じられていないこと。
- 政府の保有する個人情報を国民が把握するのが困難であること。
- 政府が作成すべき情報ファイルの保有の存否、その概要を誰にも知らせなくてよい例外が同法には広範にある。これでは、政府の保有する個人情報の把握が困難で自己情報開示請求が大幅に制限される。
- 自己情報開示請求権に対して政府が不開示の決定ができる事由が広範すぎること。
- 自己の情報について訂正追加削除が法律上の請求権として認められていないこと。
- 同法は訂正などの申し出を認めるのが、法律上の権利としては認めていない。従って、実際に訂正するかどうかやその方法は政府の判断に任されることになるが、これでは個人のプライバシーの保護に欠ける。
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