
感染症の予防に関する施策を
抜本的に見直すことを求める意見書
1999.05.28
厚生省公衆衛生審議会御中
意見書
1999 年 5 月 28 日
社団法人 自由人権協会
代表理事 山田卓生
同 内田剛弘
同 金城清子
- はじめに
- 「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」が 1998 年 (平成 10 年) 10 月 2 日公布された (以下、新法という)。新法に基づき、平成 10 年 12 月 15 日、「感染症の予防の総合的な推進を図るための基本指針」(以下、基本指針という) が定められた。新法および基本指針の精神は、近時の感染症をめぐる状況の変化と感染症の患者がいわれのない差別や偏見を受けてきた事実を踏まえて、感染症の患者等の人権を尊重しつつ、これらのものに対して適切な医療を確保し、感染症に迅速かつ的確に対応するため、「感染症の予防に関する施策を抜本的に見直す」ことにある。
- 貴小委員会は、前記新法および基本指針の精神に基づいて、エイズについて「特定感染症予防指針」(以下、「特定指針」という) を策定し、エイズの予防に関する施策を抜本的に見直すことをその責務としている (新法 11 条)。 当協会は、貴小委員会が右責務を全うするにあたり、人権尊重の観点から、具体的で実践的な議論を深めることを求めるものであり、本意見書を提出するものである。
- 意見の内容
- 当面の課題
- 当面の課題として、次の事項を特定指針に盛り込むべきである。
- 身体活動の自由尊重および社会的差別の防止 ―― 冷静な科学的対応の必要性
- 人権尊重 (身体活動の自由、差別を受けない権利) の見地からは、既に病像が明確な感染症 (たとえばエイズ) に対しては、いたずらに社会不安をあおることなく、医学的・科学的に冷静な対応をしていくことがなによりも必要である。新法は、エイズについても指定感染症に指定することにより、理論上強制入院が可能な法体制をとっているが、エイズ患者を強制入院させるような医学的科学的必要性は全く存在しないのである。基本指針においては、まずその点を明らかにすべきである。
- プライバシーとサーベイランス
- プライバシー保障の見地から、公的機関が扱う個人情報は必要最小限でなければならない。
- 他方、新たな疫学的変化については機敏な情報収集と分析 (いわゆるサーベイランス) が必要であり、エイズ初期の対応のおくれが HIV 感染の拡大を招いたことに対する反省からもこのことは否定できない。また、日本における HIV 感染者数は増加の一途をたどり、今後飛躍的に増加する危険性が指摘されていることから、適切なサーベイランスの必要性は高い。もとより、プライバシーの制約は必要最小限でなければならないから、第 1 に、どのような目的または対策のために、どのような情報が必要で、その対策がどの程度意味があるのかを疫学者らが科学的に立証する責任があり、第 2 に、右により必要な情報を提供することが、プライバシー侵害にならないよう個人情報を保護する仕組みをより整備する必要がある。
- サーベイランスにどうしても必要な個人情報を公的機関が扱う場合は、コンフィデンシャリティーを確保すること、たとえば管理者の特定、管理規則の作成、違反した場合のペナルティーを策定すべきであり、あるべき個人情報保護の仕組について、そのモデルを特定指針に盛り込むべきである (たとえば米国では、エイズ患者の氏名を州政府に届けることについて、患者団体が、情報の使用目的の限定と管理の徹底を条件に同意している)。
- この点に関連して、新法下で行われつつあるサーベイランスでは、疫学上最低限必要な情報すら収集できず、サーベイランスとしての用をなさないとの強い指摘がある。そしてその大きな原因として、新法の前提としている小さな地域での保健所管轄の情報収集があげられている。すなわち、保健所単位で個人情報を管理すると、収集される情報の数と地域が限定されることから、いわゆるダブルカウント防止に最低限必要なイニシアルと生年月日だけでも個人が特定されてしまうので、プライバシー保護の見地から、そのような最低限必要な情報を収集することができないというのである。このような問題は、情報収集・管理を保健所より大きな単位、たとえば都道府県さらに国単位で集中的に行うことにより解決できるはずであるから、保健所単位の情報収集・管理の見直しについて議論を尽くし、貴委員会の意見を示すように求める。
- 医療を受ける権利 ―― 外国人とりわけオーバーステイ外国人に対する医療、情報の提供
- いわゆるオーバステイ外国人に対する医療は、現在きわめて不十分な状態であり、人権保障の見地からそれ自体改善されなければならないところ、少なくとも、感染症対策において、国籍や滞在の適法・不適法を問うことは有害無益であることは明らかである。感染症対策という見地からも、医療費の負担ができないため医療拒否が起こる現状はとうてい放置できない。
- 国籍、滞在の適法性を問わず、少なくとも新法の定める感染症医療は提供されるべきであることを、特定指針に明記すべきである。
- 女性の HIV 感染者と母子感染予防対策
- 女性は、自らの妊娠・出産について自己決定権を有する。もとより母子感染予防のために必要かつ合理的な最小限の制約は認められるべきであるが、現在我が国で母子感染予防対策の名で行われていることは、右認められるべき制約の範囲を逸脱し、女性の自己決定権を無視したものであり、早急に改善されるべきであるとの指摘がある。すなわち、現在医療現場で行われている妊婦スクリーニングは、女性に何ら情報が与えられないまま HIV 感染女性の出産を事実上否定することに主眼がおかれているといわざるをえず、必要かつ合理的な施策とはほど遠い。早急に、女性に対して十分な情報を提供しつつ母子ともに安全な出産を確保する方法とシステムを確立し、また出産後の家族が社会的に受け入れられる環境を整備する必要があるというのである。
- このような問題について、冷静かつ真摯な議論をする場を、女性の感染者、医師らの参加を得て緊急に設定する必要があることは明らかであるから、その旨を特定指針に明記すべきである。
- 感染症教育についての具体的プログラム作成
- 以上述べたすべての問題に関連して、感染症教育の重要性は明らかであるところ、抽象的にその重要性を強調するだけでは十分ではない。感染症についての啓発教育について、具体的なプログラムを策定すべきである。たとえば、外国人が母国語で疾患の理解をえることができるような仕組みを作ること、女性が感染を防ぐ方法を理解できるような仕組みを作ること、そのための予算措置を作ること、地方自治体に毎年教育計画を立てさせて見直しをさせること、啓発教育の実施について NGO に委託することなど、具体的なプログラムを特定指針に盛り込み、かつ後述の継続的監視機関の活動によってその継続的実施を担保すべきである。
- 継続的監視機関の設立
- 特定指針等の実施状況を監視するため、継続的監視機関を作り (貴委員会が継続的監視機関として存続することも一つの方法である)、より具体的なプログラムの作成、各自治体における実施状況の調査、勧告等を、継続的にかつ省庁間の壁を越えて行うことが必要であるから、右継続的監視機関の設立を、特定指針に明記すべきである。
- 将来の課題
- 将来検討すべき課題として、次の事項を特定指針にもりこむべきである。
- 疾病管理機構 (仮称) ―― 疫学調査、研究および勧告権限を有する機関 ―― の創設
- 人権を尊重しつつ、感染症に対応するという新法および基本指針の精神を実現するためには、既に病像が明らかな疾病 (エイズ、ハンセン病など) に対する対策と、新たな疫学的変化に対する対策とは区別する必要がある。いずれの対策においても、冷静な科学的対策をとるべきことはもちろんであるが、後者についてはとりわけ、機敏な疫学情報収集と分析が必要である。個人情報を保護しつつ十分な疫学情報を収集するためにも、現行の都道府県単位、保健所単位の対応は適切ではないとの指摘がある。集中的に疫学情報を収集、研究しかつ勧告権限をもつ疾病管理機構 (仮称) を、米国疾病コントロールセンター (CDC) などを参考に創設すること、その実現方法 (新組織の創設か、既存組織の改組か) について、十分議論を尽くし、その成果を特定指針にもりこむべきである。
- また、この点と関連して、医学教育内での感染症対策の位置づけを見直し、たとえば医師国家試験に感染症を盛り込むことなども、右疾病管理機構 (仮称) を支える人材の育成という見地から十分議論を尽くし、その成果を特定指針に盛り込むべきである。
- 特定疾病以外にも、疾病ごとの疾病対応ガイドラインを作るべきである。
- 前述のとおり、人権尊重 (身体活動の自由、差別を受けない権利) の見地からは、既に病像が明確な感染症 (たとえばエイズ) に対しては、いたずらに社会不安をあおることなく、医学的・科学的に冷静な対応をしていくことがなによりも必要である。感染症といっても、感染経路の違い、感染のしやすさの違い (たとえば HIV は感染しにくい)、ウイルスそのものの排出される期間の違い (例えばインフルエンザでは、いつまでもウイルスが排出されているわけではない) 発症のしやすさ (例えば、個体の感受性の違い ―― ポリオ)、など様々であるから、エイズその他の「特定疾病」(新法第 11 条、厚生省令第 2 条) だけでなく、その他の疾病についても各疾病ごとに、冷静な医学的科学的見地から対応指針をたてる必要があり、その旨の意見を貴委員会として表明すべきである。
以上
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