感染症対策新法に対する意見書

1998 年 9 月 11 日


社団法人自由人権協会 (代表理事山田卓生) は、政府が 「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」案を国会に提出していることを受け、「最新の医学的水準に基づいて感染症対策を見直し、人権尊重を具体的に盛り込んだ新法を制定すべきである」として、法案に反対する別紙意見書を発表した。協会では、いわゆるエイズ予防法制定過程において、同法案の問題点を指摘して立法に反対し、また特別部会を設置し、その検討を経て、あるべき疾病対策立法について提言をした経緯があり、この問題についても同部会で検討が進められてきた。特別部会の報告が、9 月 5 日の理事会で承認され、意見書として、衆議院厚生委員会委員長、各委員及び各政党会派代表に提出した。

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衆議院厚生委員会委員長殿
同  厚生委員会各委員殿
各政党会派代表殿

1998 年 9 月 11 日
社団法人自由人権協会
代表理事 山田卓生
同   内田剛弘
同   金城清子

感染症対策新法に対する意見書

  1. 意見

    現在政府は、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」案 (以下、「法案」という) を国会に提出している。しかしながら、「法案」には、多くの根本的な問題点がある (後記 II)。

    とりわけ、「法案」が、「法案」作成過程で諮問を受けた公衆衛生審議会の答申内容 (同審議会内基本問題検討小委員会 1997 年 12 月 8 日付「新しい時代の感染症対策について」と題する報告書 (以下、「報告書」という) に基づく) の内容に明らかに反するという趣旨の上申書が、当該小委員会の委員 (3 名) から出されているという事態はきわめて異例である。

    当協会は、いわゆるエイズ予防法の制定過程において、同法案の問題点を指摘して立法に反対し、また「エイズと人権小委員会」での検討を経て、あるべき疾病対策立法について提言をした経緯があり、「法案」についても「現在指摘されている多くの根本的問題について十分な検討をしないまま、法律とすることには反対である」旨の意見書を、参議院議長及び各政党会派代表宛提出した (平成 10 年 4 月 28 日付)。

    にもかかわらず、「法案」は、根本的な修正がなされないまま、参議院を通過し、衆議院に送付された。よって、当協会は、改めて、「法案」を採択することに反対であることを表明し、「法案」を廃案にしたうえで、改めて議論を尽くしたうえで新しい法案を作成するよう求めるものである。

  2. 理由

    1. 「報告書」の意義と問題点

      1. 報告書の意義

        「報告書」は、新しい感染症対策の基本的方向・視点として、次の 5 点を挙げており、この点は高く評価できるものである。

        1. 個々の国民に対する感染症の予防・治療に重点を置いた対策

        2. 患者・感染者の人権の尊重

        3. 感染症類型の再整理

        4. 感染症の発生・拡大を阻止するための危機管理の観点に立った迅速・的確な対応

        5. 上記の視点を実現するための法体系の整備

        また、「報告書」は、「過去におけるハンセン病患者をはじめとする感染症患者に対する差別や偏見が行われた事実や、らい予防法が存在し続けたことが結果として患者・入所者とその家族の尊厳を傷付け、多くの苦しみを与えてきた事実、同法が平成 8 年に廃止されるに至った経緯への深い反省が必要である」との認識を明示しており、さらに国際保健規則との整合性をはかるべきであるとしている点も正当である。

      2. 「報告書」の問題点

        しかしながら、「報告書」が具体的に示した感染症対策については、最新の医学的根拠に基づかないものであるとの疑いがある。とりわけ 3 号感染症としてポリオ、コレラ、ジフテリア等を挙げ、これらの疾病に対して隔離措置をみとめている点には問題がある。最新の医学的水準によれば、これら疾病について隔離の効果があるかは疑問であって、むしろ接触者対策の充実等により対応すべきであるとの有力な見解がある。最新の医学水準に基づく感染症の理解に立脚した施策こそが、人権への配慮にとっても重要であることから、「報告書」が具体的に示した感染症対策については、見直すことが必要である。

    2. 「法案」の問題点

      1. はじめに

        「法案」は、「報告書」に基づいて起草されたとされているが、既に指摘した「報告書」の問題点 (上記 II.A.2) をそのまま引き継いでいるだけでなく、「報告書」が挙げた基本的方向・視点 (上記 II.A.1) などに反する点が多くみられ、根本的な問題がある。

      2. 最新の医学的水準に基づかない感染症の分類と対策

        前述のとおり、「報告書」が具体的に示した感染症対策については、最新の医学的根拠に基づかないものであるとの疑いがある。「報告書」は、3 号感染症としてポリオ、コレラ、ジフテリア等を挙げ、これらの疾病に対して隔離措置をみとめており、「法案」でも 2 類感染症としてこれをそのまま引き継いでいるが、これら疾病について隔離の効果があるかは疑問であって、むしろ接触者対策等の充実により対応すべきであるとの有力な見解がある。人権への配慮という見地からも、「法案」は、「報告書」が具体的に示した感染症対策と共に、見直すことが必要である。

      3. 「報告書」の基本的方向・指針等との不一致、国際人権文書との関係

        1. 前述のとおり、「報告書」は、「過去におけるハンセン病患者をはじめとする感染症患者に対する差別や偏見が行われた事実や、らい予防法が存在し続けたことが結果として患者・入所者とその家族の尊厳を傷付け、多くの苦しみを与えてきた事実、同法が平成 8 年に廃止されるに至った経緯への深い反省が必要である」としており、右指摘は正当である。よって法律には、解釈・運用の指針として、そのような反省を明記すべきである。また、このような反省に立つということは、新しい時代の感染症対策を、最新の医学的知識に基づき、可能な限り強制隔離等の方策を用いない方法 (感染症患者に対する十分な情報の提供・説明とその同意に基づいた医療の提供や、接触者対策等を中心とする方法) に替えていくということであるから、これを法律に明記することはもちろん、右基本指針を具体化した規定を法律に明記すべきである。

        2. 「報告書」は、新しい感染症対策の基本的方向・指針として「患者・感染者の人権の尊重」を挙げ、患者に対する行動制限は、限定的なものすべきであるとし、人権尊重の観点から、明確な措置の発動基準に基づく所要の行政手続きによるべきであるとしているが、「法案」にそのような配慮は見られず、市民的及び政治的権利に関する国際規約 (以下、自由権規約という) 9 条 4 項の趣旨にも反するものである。具体的な問題点は、既に当協会の平成 10 年 4 月 28 日付意見書で指摘したとおりである。

    3. 結語―あるべき感染症新法

      新しい感染症法は、最新の医学的水準に立脚した感染症対策を推進するものでなければならず、また関連する国際人権文書を十分に考慮し人権尊重に具体的に配慮する規定を備えたものでなければならない。「法案」はいずれの見地からも根本的な問題があり、廃案にすべきである。そのうえで「報告書」の一部 (感染症の分類とこれに対する措置の部分) を見直したうえ、右「報告書」に沿った新法の制定を求めるものである。


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