
寺西裁判官に対する懲戒処分に関する声明
1998 年 7 月 27 日
社団法人自由人権協会
代表理事 山田卓生
同 内田剛弘
同 金城清子
仙台地方裁判所の判事補である寺西和史裁判官は、1998 年 5 月 1 日、「積極的な政治運動」等を禁止した裁判所法第 52 条 1 号後段に違反したとして、仙台地方裁判所から懲戒の申立をされ、仙台高等裁判所は同年 7 月 24 日に同裁判官を戒告する旨の決定(以下、本決定という)を行った。
この懲戒処分は、寺西裁判官が、本年 4 月 18 日に開催された組織的犯罪対策法案に反対する市民集会に参加し、一般参加者の席から、「この集会でパネリストとして話すつもりだったが、地裁所長から『処分もありうる』と言われた。法案に反対することは裁判所法で定める積極的な政治運動に当たるとは考えないが、パネリストとしての発言は辞退する」旨の発言をしたことに関するものである。
しかし、今回の決定は、寺西裁判官の独自の言動を考慮するとしても、以下の点において極めて不当なものである。
- 裁判官の市民的自由、とりわけ表現の自由について
- 裁判官も、他の市民同様、表現の自由を含む基本的人権が憲法上保障されていることは明らかである。
- 本決定の言うように、集会に参加して上記程度の発言をすることも許されないと解釈されるのであれば、裁判官の市民的自由はきわめて狭くならざるを得ない。本決定は、上記のような発言でも、集会の参加者に対して「現職の裁判官の中にも組織的犯罪対策三法案に反対する人がいることを鮮明に印象づけ・・・、右法案に対する反対運動を盛り上げる一助となった」として許されないとした。しかしながら、そのように、発言の内容ではなく、裁判官たる者の態度表明の波及効果というようなことを過大視し、それを裁判官の「地位利用」と見るのであれば、裁判官はおよそ一切の社会問題に対して完全な沈黙を強いられることになる。このような考え方が、裁判官の思想・良心の自由、表現の自由を完全に否定する不当なものであることは多言を要しない。
また、本決定は、「裁判官が特定の政治的立場にあることは、裁判官の判断内容に対する当事者・関係者の信頼を失わせる」と断定する。しかし、市民が、裁判官について「一切の社会問題に対して何の関心も問題意識も持たない存在」であることを望んでいるとは到底考えられない。
したがって、本決定は、寺西裁判官の意見表明の自由を不当に制約するものであることはもちろん、将来にわたっても裁判官が自由な意見表明を行おうとする際に萎縮的効果をもたらす危険性が大きく、裁判官の表現の自由全体にとっても不当な制約を招きかねないものである。
- 積極的な政治運動の意味
- 裁判所法第 52 条 1 号は、裁判官に対して、「国会若しくは地方公共団体の議会の議員となり、又は積極的に政治運動をすること」を禁止しているこの文言から明らかなとおり、「積極的な政治運動」とは、「国会若しくは地方公共団体の議会の議員となること」と同レベルの行動であるはずであり、単なる「政治運動」ではなく、「積極的な政治運動」を指すのである。最高裁判所事務総局も、「政党員になったり、一般国民としての立場において政党や政党の政策を批判すること」は、「積極的な政治運動」にあたらないことを認めている[最高裁事務総局作成の逐条解説]。裁判官を含む国民一般が関心を持ち議論する法案について、裁判官も、その意見表明をすることが禁止されるはずがない。このことは前述したところからも明らかである。
- それにもかかわらず、本決定が、寺西裁判官の言動を「積極的な政治運動」にあたると認定し、懲戒処分を下したのは、裁判所法の解釈を誤り、最高裁判所の見解さえも無視したものであり、きわめて不当な判断と言わざるを得ない。
当協会としては、以上のとおり、仙台高等裁判所の本決定に対し、見解を明らかにするとともに、本決定に対する抗告における最高裁判所の審理についても、以上の観点から引き続き本分限裁判を注視していく所存である。
以上
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