組織的犯罪対策立法に対する意見書

1998 年 3 月 19 日


内閣総理大臣橋本龍太郎殿
法務大臣下稲葉耕吉殿
各政党・会派代表殿

1998 年 3 月 19 日
社団法人自由人権協会
代表理事 山田卓生
同   内田剛弘
同   金城清子

組織的犯罪対策立法に対する意見書

このたび国会で提案が予定されている、組織犯罪対策立法に向けての以下の法案(以下、三法案という)について、当協会は、以下のとおり意見を述べる。

    1. 組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律案

    2. 犯罪捜査のための通信傍受に関する法律案

    3. 刑事訴訟法の一部を改正する法律案(証人等の身体又は財産への加害行為等の防止を図るための措置)

  1. 意見の趣旨

    三法案はいずれも刑事法の原則を大きく揺るがすものであり、市民の憲法上の権利を大きく侵害するおそれが大きい。法務省の説明にもかかわらず、対象犯罪の厳格な限定がなくこのような立法がなされた場合、本来の目的であるはずの暴力団その他犯罪的集団に適用されるよりも、まずそれ以外の市民団体等の団体に適用され、ひいては市民生活に重大な悪影響を及ぼすこととなりかねない。したがって、三法案には反対である。

  2. 意見の理由

    1. 三法案の立法の必要性について

      まず、このような立法が現在必要であるかの点である。

      法務省の説明によると、近年暴力団による薬物・銃器による犯罪が増加し、オウム事件のような集団的犯罪が増加していること、悪徳商法のような大規模経済事犯が増えていること、集団的犯罪は密行性が高いこと、先進国首脳会議で各国が国際的な集団的犯罪に対処するため自国の立法整備を行うことを求める決議を行ったことなどが理由として挙げられている。

      しかし、オウム事件は極めて特殊な現象であり、犯罪の全般的傾向と見る訳にはいかない。また、暴力団の薬物犯罪問題については 1991 年に麻薬特例法(国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律)が成立しており、その内容としてマネーローンダリングの禁止が取り入れられている。したがって、さらに今回のような立法が必要かどうかは、まず、既に成立している法律の適用状況と暴力団の犯罪についての適用状況が検討された上で論じられなければならない。

      そして麻薬特例法の規制をさらに広げて新たに今回の三法案のような立法が必要とされているかについても、抽象的な必要性ではなく、暴力団等の組織犯罪の実態を明らかにしたうえでの具体的な必要性が議論されるべきである。

      また、たしかに先進国首脳会議では国際的な犯罪に対処するために各国の法制を整備する必要があるとの決議がなされているが、そこでは各国の状況、特殊性等を前提とした法整備が要請されており、日本の法制度の現実の運用等の検討を抜きに「国際的な犯罪の対処」を強調することは危険である。

      今回の三法案は、以下に述べるように問題が多く、賛成することはできない。

    2. 組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律案(法案 a)について

      1. 法案 a は、まず一定の罪(殺人・逮捕監禁・略取等)が、団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われたときについて、現行刑法の規定によるよりも重い刑を科する規定をおくこととしている(法案 a 第 1 条、第 2 条 1 項)。

        この法案 a において団体とは、共同の目的を有する多数人の継続的結合体であって、その目的または意思を実現する行為の全部又は一部が組織(指揮命令に基づき、あらかじめ定められた任務の分担に従って構成員が一体として行動する人の結合体をいう)により反復して行われるものをいうとされているので(第 2 条 1 項)、暴力団に限らずすべての団体にこの法律の適用があることになり、構成要件として限定的ではなく、この点は大いに問題である。

        また、現行刑法はかなり幅広い法定刑を定めており、実際の刑の言い渡しにおいて法定刑の上限が低すぎるというような事実はない。また殺人については法定刑の中に死刑も定められており、今回の立法によって加重する意味はない。法案 a によって加重する規定を設ける意味があるか疑問である。

      2. 法案 a 第 3 条 2 項は、団体に不正権益を得させ、又は団体の不正権益を維持し、若しくは拡大する目的で第 3 条 1 項と同じ殺人等の犯罪を行ったものについても第 3 条 1 項と同様とするとしている。

        第 3 条 1 項は団体の構成員であるものについての規定であるが、第 3 条 2 項では構成員である必要はない。したがって、いわゆる組織犯罪対策の枠を大きく超えている。

        さらに、不正権益を得させる等とされているが、不正権益という概念は不明確であり、このような不明確な文言による立法は危険性が高い。

      3. 法案 a 第 9 条は犯罪収益等による法人等の事業経営の支配を目的とする行為等の処罰及び犯罪収益等の没収等を定めている。いわゆるマネーローンダリングの禁止である。

        これについては、既に麻薬特例法が麻薬等規制薬物についてマネーローンダリング禁止の規定を有している。しかし、この麻薬特例法がどれほどの効果を有しているのかは明らかにされていない。

        また、マネーローンダリングの禁止の必要性が高いのは薬物事犯であると考えられ、同事犯については禁止の必要性があるとしても、法案 a が薬物事犯を越えたところまでマネーローンダリングを適用しようとしている点については疑問が多い。

      4. 法案 a 第 11 条は、情を知って、犯罪収益等を収受した者について処罰規定をおいている。

        法務省の説明によると、「法令上の義務の履行として提供されたものを収受した者等」を除いて、情を知って犯罪収益を収受した者についてこの処罰規定は適用されることとなる。そうなると正当行為であっても法令上の義務の履行にあたらない場合(弁護人、税理士等も含まれると思われる)にもこの処罰規定が適用されることになるので、そのような場合には弁護人がつかないなどの結果にもつながり実質的に弁護権の侵害になる恐れがある。

      5. 法案 a 第 22 条以下はマネーローンダリングの禁止にあたる罪の被告事件について、没収することができるものに当たると思料するに足りる相当な理由があり、かつ、没収するため必要があると認めるときは、保全命令を発し、その財産の処分禁止をすることができるとしている。

        しかし、これは問題である。銀行の預金その他の財産が処分禁止された場合に当事者に与える影響は大きい。経済的に再起不能の事態に追い込まれることも予想される。仮に、後で本人が無罪になった場合、その受ける影響は甚大である。このような保全の制度は、被告人は有罪判決を受けるまでは無罪の推定を受けるという刑事法の原則を忘れた考えである。

    3. 犯罪捜査のための通信傍受に関する法律案(法案 b)について

      1. 法案 b 第 3 条は、一定の犯罪が行われ又は行われると疑うに足りる十分な理由がある場合に令状による通信傍受を認めるというものであるが、通信傍受を認める場合として、

        1. 別表に掲げる罪が犯されたと疑うに足りる十分な理由がある場合において、当該犯罪が数人の共謀によるものであると疑うに足りる状況があるとき、

        2. 別表に掲げる罪が犯され、かつ、引き続き同様の罪が犯されると疑うに足りる十分な理由がある場合において、これらの犯罪が数人の共謀によると疑うに足りる状況があるとき、

        3. 禁錮以上の刑にあたる罪が別表の罪の準備のために犯され、かつ引き続き別表の罪が犯されると疑うに足りる十分な理由がある場合において、それが当該犯罪が数人の共謀によると疑うに足りる状況があるとき

        の三つを挙げている(同条 1 項)。

        ここでいう別表に掲げる罪としては、刑法の殺人罪をはじめ、爆発物取締罰則など 20 の法律が列挙されている。

      2. 通信傍受は、当事者の同意を得ないで行うことができるとされており、実質的にいわゆる盗聴である。

        また通信傍受は検察官又は司法警察員が地方裁判所もしくは簡易裁判所の裁判官に令状を請求し、その令状をもって実施するとされているが、この令状が事前に当事者に示されることはない。

        捜索・差押・逮捕等従来の刑事手続きにおける令状については事前に当事者に提示されるのが原則であり、令状の事前提示は憲法上の要請でもあると考えられるが、法案 b はこの原則に対する重大な例外となる。

      3. 法案 b は、傍受令状を、通信手段の傍受の実施をする部分を管理する者又はこれらの者に代わるべき者に示し、これらの者に立会いをさせるとしている(第 9 条、第 12 条)。

        しかし、立会いをした者には、通信が傍受の要件を欠くものであると認められる場合にも通信傍受の切断権は認められていないので、立会い制度としてまったく不十分なものとなっている。

      4. また犯罪捜査は、実行された犯罪について行われてきたものであるが、法案 b 第 3 条 1 項に定める上記 i, ii の要件ではこれから行われるかも知れない犯罪についても通信傍受が認められることとなる。

        そして、上記 ii の要件によると別表に掲げる罪の準備として禁錮以上の罪の定められた罪が犯され、かつ引き続き犯されると疑うに足り十分な理由があるときにも通信傍受が認められるので、通信傍受範囲は相当広くなっている。

      5. 最も重大な問題点は通信傍受による通信の秘密の侵害であり、プライバシーの侵害である。

        思想・良心の自由及びプライバシーの権利は人間の根源的な権利であり、憲法によって保護されている。通信傍受はそこに無断で踏み込むものである。また、一旦侵害されたプライバシーの事後救済は極めて難しい。

        また、現在の令状発布の実務は捜査機関の請求が必ずしも厳しく審査されているとは言えない。この実情をふまえると、令状によるチェックが実効性を持つかどうか疑わしい。

        このように問題点の多い通信傍受制度を、対象犯罪を限定せず一般的に制度化しなければならない必然性はない。

      6. 現在日本では、個人情報保護法が存在していない。まず、個人情報保護法をつくるのが先決である。それにより情報の収集制限、目的外利用の制限規定を設け、しかる後に、検討する必要があれば今回のような立法が検討されるべきである。

        当協会は、かねてより、「行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人情報の保護に関する法律」について、電子計算機処理の情報のみを対象としており、手作業処理の情報が対象外となっていることを批判してきた。また、電子計算機処理情報についてさえも、

        • 思想信条及び信教に関する情報、社会的差別の原因となる社会的身分に関する情報の無限定な収集が禁じられていないこと、

        • 政府の保有する個数l情報を国民が把握するのが困難であること

        • 自己情報開示請求権に対して政府が不開示の決定ができる事由が広範すぎること

        • 自己の情報について訂正追加削除が法律上の請求権として認められていないこと

        等の問題点を指摘してきた。特に、これらの点は、1998 年 11 月 8 日衆議院内閣委員会と同年 12 月 18 日参議院内閣委員会において、上記法律を 5 年以内に見直す際の検討課題とされていたが、未だ見直されていない。立法府と行政府の怠慢である。個人情報保護の根本的施策が欠落したままで、個別法規の改正と称して、個人情報保護に逆行する措置を講ずることは避けるべきである。

    4. 刑事訴訟法の一部を改正する法律案(法案 c)(証人等の身体又は財産への加害行為等の防止を図るための措置)について

      1. 法案 c は、裁判長は、証人等を尋問する場合に、これらの者や親族らに危害が加えられるおそれがあり、住居その他所在場所が特定される事項が明らかになると証人等が十分な供述ができないと認めるときは、それらの事項について尋問の制限をすることができるとしている(刑事訴訟法 295 条 2 項として予定)。

        そして検察官又は弁護人は、上記と同様な場合に、相手方に対し、証人等の所在が特定される事項が知られないようにすることの他証人等の安全が害されないよう配慮することを求めることできるとしている(同法 299 条の 2 として予定)。

      2. これらの規定案は実質的に当事者の防御権・弁護権の侵害に当たるのではないかとの疑いが強い。

        事案によっては証人等の所在は事件等との関連性において重要な意味をもっている場合があり、このような尋問制限には問題がある。また上記のような尋問制限又は安全配慮の要望は当事者の法廷行動の萎縮をもたらす可能性が高い。

        上記いずれにも被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときには適用除外されることとなっているが、このような制度を設けること自体すでに実質的な不利益を生じていると考えられる。


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