
「医薬品の臨床試験の実施に関する基準 (GCP) 改定素案」に対する意見
1997.01.20
厚生大臣
小泉純一郎 殿
1997 年 1 月 20 日
社団法人 自由人権協会
代表理事 山田卓生
同 内田剛弘
同 金城清子
平成 8 年 12 月 11 日付、貴省からご照会の件につき、当協会は以下の通り、意見を表明します。本意見書が中央薬事審議会 GCP 特別部会での審議に反映されるよう要請します。
「医薬品の臨床試験の実施に関する基準 (GCP) 改定素案」に対する意見
今回の「医薬品の臨床試験の実施に関する基準 (GCP) 改定素案」の内容は、治験における被験者の権利保護の重要性を認識し、これを現実的実質的に確保しようとしている姿勢が強く認められることは評価できる。特に、冒頭に詳細な定義規定を設けて「社会的に弱い立場にあるもの」を具体的に列挙していることや、インフォームドコンセントについて同意文書および説明文書に記載すべき事項を具体的かつ詳細に掲げた上、その写しの交付を義務づけていることなどは、人権の観点で、重要な改定と言える。
しかしながら、人権の擁護の観点からして、改定素案には、いくつかの点で不十分な点が見受けられる。当協会において、改定素案について修正すべきと考える事項並びにその理由の骨子は別記の通りである。
記
-
外部の治験審査委員会への諮問が任意的となっているが、各都道府県に公的機関として治験審査委員会を設け、同委員会への諮問を義務づけるようにすべきである。
(理由)
-
素案においては、治験審査委員会が治験の審査を担当することとしているが、この治験審査委員会は、原則として医療機関の内部に設けられることとされている。しかし、これでは、審査の公正さが担保されない上に、委員は本業の片手間として審査を行うしかなく、能力的にも十分な審査が期待しにくい。公的な立場で、また専門的に治験を審査・監視できる機関を設置すべきであり、その配置は各都道府県単位になすべきである。なお、フランスの被験者保護法においては治験は、公的第三者機関 (被験者保護諮問委員会) の審査を経るものとされている。
-
治験審査機関の委員に法律専門家を加えるようにすべきである。
(理由)
-
GCP の実施に当たっては、被験者の人権に関わる事項の審査が多く必要であり、また、インフォームドコンセントが適切に行われたと言えるかなど、法律家の立場からの判断が加味されることが妥当なことが少なくない。特に、公的審査機関が設置されない段階においては、法律専門家の関与の重要性は高い。素案の 4-3-1 は法律家を委員にすることの可能性も認めているが、さらに一歩進めて少なくとも委員の1名は法律家にすることを義務づけるべきである。
-
「監査」を外部の第三者機関たる治験審査委員会が行うようにするべきである。
(理由)
-
素案では、治験依頼者が監査担当者を任命することとされている。しかし、監査という事柄の性格上、当事者が監査担当者を任命するのは不適当である。1 で述べた公的治験審査委員会を設けた上でそこが監査も実施するようにすべきである。
-
「社会的に弱い立場にあるもの」への「注意」「配慮」を具体化すべきである。
(理由)
-
素案は、4-2-1 において「治験審査委員会は社会的に弱い立場にあるものを被験者とする可能性のある治験には特に注意を払わなければならない」とし、また 7-3-1 において「社会的に弱い立場にある者を被験者とする場合には特に慎重な配慮を払わなければならない」と規定している。従来の臨床試験における人権侵害がこれらの社会的弱者において発生することが多かっただけに、この基本的考え方は大切である。しかし、「注意」「配慮」というきわめて抽象的な文言だけでは、どのようなことを注意、配慮し、どのように担保するのかがあまりに不明確である。可能な限りの具体化を試みるべきである。
-
被拘禁者 (強制入院させられた精神障害者を含む) は一切、臨床試験の被験者にできないことを明示すべきである。
(理由)
-
素案は、社会的に弱い立場にある者の一つとして「被拘留者」を挙げている。これでは、被拘禁者も、「注意」もしくは「配慮」しさえすれば、臨床試験の対象にすることができることとなる。
-
しかしながら、国連総会決議 (あらゆる形態の抑留・拘禁下にある人々を保護するための原則) は「抑留されもしくは拘禁された者は、自らの同意がある場合であっても、健康を害するおそれのある医学的もしくは科学的実験を受けることはないものとする」としている。すなわち、被拘禁者は、その自由意思に反して、被験者となるおそれがきわめて強いので、一切臨床試験の対象から外す必要があるとされているのである。GCP の規定も、当然これに従うべきである。なお、強制入院させられた精神障害者は、この国連決議の「抑留もしくは拘禁された者」に該当すると解されているので、強制入院させられている患者を臨床試験の対象にすることはできない。このことも、誤解を避けるために、明示すべきである。
-
治験実施医療機関は、被験者に対し、治験の結果など被験者本人の治験に関する情報を開示し説明する義務があるものとする。
(理由)
-
現在、自己情報の開示請求権の必要性が次第に認められてきている。診療録一般については、現在のところ、本人への開示が義務化されるには至っていない。しかし、治験については、危険に身をさらして協力するという事柄の性格上通常の場合より遥かに被験者の知る権利を確保する合理性があるということと、一方で素案のように治験について被験者に対する事前の情報開示を大幅に認めていても、被験者としてその結果を知る方法がないというのではインフォームドコンセントの実質保障にならないこと、などからこの情報開示請求権を認めるべきである。
-
被験者において、治験審査委員会に対して、治験に関する質問を行ったり、相談をしたり、苦情を申し立てることができるようにすべきである。
(理由)
-
被験者は医学的知識に欠けるのが通常である。したがって、医療機関からいかに多くの説明を受けても、十分理解できなかったり、与えられた情報を理解できても、経験が乏しいために自分だけでは決断できないことが珍しくないと思われる。また、当該医療機関で治療を受けている者や従業員など治験実施医療機関に対して弱い立場にある者などは安心して相談できる窓口を必要とすることが多いと思われる。
-
さらに一方で、治験が安全かつ適正に行われることを担保するには、被験者からの苦情その他の情報が治験審査委員会にフィードバックされることが重要である。
そのような意味で、治験審査委員会が相談窓口として機能するようにするべきである。
-
被験者に対する説明事項について、7-3 記載の事項のほか、そもそも「治験」とは何かをわかりやすく説明すべきである。また、治験について事前の説明を受ける際に、被験者が任意に選んだ者を同席させることができるようにすべきである。
(理由)
-
特に、入院して治療を受けている者などは、「新しいいい薬が入りました」などとして、「通常の治療における説明」なのか、「治験」という別個の目的をもった事柄についての説明なのかが曖昧にされることが珍しくない。それでは、いかに具体的内容を詳しく説明しても意味が半減する。従って、「治験」であることを明確に説明すべきである。また、被験者は医学的知識に欠けたり、体調が悪くて判断能力が不十分であったりして、治験に関する専門的事項を理解、判断することが困難な場合が多いと思われる。したがって、被験者が信頼できる人を立ち会わせて、一緒に説明を聞き判断について助力を得る機会を与えることが望ましい。
-
被験者本人の同意取得が困難な場合には、代諾者の承諾だけでなく第三者機関たる外部の治験審査委員会の承認を要するものとすべきである。なお、7-2-5 の「代諾者」となれる者の要件を明確に定義すべきである。
(理由)
-
幼児や精神的疾患のある患者、意識のない患者など被験者本人の同意取得が困難な被験者群を対象とする臨床試験が少なからずあると思われる。素案は、このような場合を想定して代諾者の承諾という方法を設けている。しかし、この代諾者の承諾が安易に行われるようなことであれば、インフォームドコンセントの実質保障は不可能であり、重大な人権侵害につながる危険がある。したがって、何らかの歯止めが必要である。具体的には外部の治験審査委員会の承認という手続きを設けるとともに、代諾者を真に本人の利益を代弁できる者に限定する様な規定を設けることが必要である。
-
臨床試験の実施に伴い、被験者が死亡し、あるいは健康被害を受けた場合には、治験依頼者が無過失の場合を含め、損害賠償もしくは損失補償の責任を負うことを明示すべきである。また、臨床試験の実施と被害発生との間には因果関係の推定が働くものとすべきである。
(理由)
-
素案の 8-1-13 は被験者に対する補償の項目を置いているが、その「法令の定めるところに従って賠償をなすべきものとされる場合には」との趣旨が明確でない。通常の医薬品副作用の場合と違って、治験薬は未知の副作用や有害事象の発生のリスクの高いこと、被験者は自己の利益のためでなく医薬品の開発に自主的に協力するという立場にあることなどを考えると、事故が発生した場合には万全の補償を行うべきである。そこで、被験者に被害が生じた場合には治験依頼者は、無過失の場合を含め、完全な損害賠償もしくは損失補償の責任を負うことを明確にすべきである。また、開発中の医薬品について投薬と死亡などの因果関係の立証責任を被験者に負わせることは過酷であるので、因果関係の推定を原則として、因果関係の不存在が証明されない限り、賠償 (補償) 責任があるとすべきである。