個人情報保護法・モデル案

1987年2月17日

〔前文〕
政府にはその行政運営上、膨大な個人情報が収集・保管され、利用されているが、個人の知らないうちに個人情報が収集され、本来の利用目的をこえて利用されたり外部に提供されることによって、あるいは誤った個人情報が蓄積・利用されること等によって、個人のプライバシーが侵害され個人の尊厳が脅かされる事態が生じている。このような危険は、個人情報の処理について、コンピューター及び高度の情報関連技術が利用されることによって著しく高まっている。

そもそも、プライバシーの権利は、通信の秘密や住居の不可侵の規定とともに、国民の幸福追求の権利として日本国憲法によって保障された基本的人権であり、その権利を実効あらしめるためには個人情報保護制度を設け、政府による個人情報の収集・保管・利用に関する個人のコントロール権を認め、かつ、政府による個人情報の収集・保管・利用に関する規制を行うことが必要である、行政による個人情報の独占と恣意的な管理を排除し、情報主体である国民のコントロールが実現したとき、プライバシーの権利は実効的に保障されるのである。そして、国民の知る権利を確立する情報公開法とともに、個人情報保護の制度が確立されてはじめて、情報における民主主義が実現するのである。

よって、この法律を制定する。

[解説]

この法律及び条例の基本的な考え方を明らかにし、それに基づいて解釈・運用が行われるよう(前文)を設けました。現在、政府や地方公共団体の事務事業の中には、大量の個人情報を収集し、それに基づいて行われているものが少なくありません。しかし、そこでは個人のプライバシーを全く配慮しないような個人情報の処理が行われ、そのために個人の尊厳が脅かされるような事態も生じています。

たとえば、公安当局のように、政府の機関が、犯罪予防や捜査のためと称してセンシティブな情報を際限なく収集し、これを本人の知らないところで利用・提供したりしていることがあります。また、業者が自治体の提供した住民のリストに基づいて「住民名鑑」を作り、これを販売するような事件も各地でありました。このような事態を是正するためには、「個人情報保護法」や「個人情報保護条例」を制定し、政府や自治体による個人情報の処理が適正に行われるようにしなければなりません。さらに、最近は個人情報の処理が高度情報技術によって行われることが多くなり、その結果、様々な個人情報を組み合わせることも可能となってきました。それだけに、「個人情報保護法」や「個人情報保護条例」の制定が急務だと言うことができます。

個人のプライバシーの権利について日本国憲法は明文の規定を置いていませんが、現在では、これが憲法の保障する幸福追求権(第13条)の一内容だとする考え方が通説になっています。また、日本国憲法には「通信の秘密」(第21条第2項)や「住居の不可侵」(第35条第1項)などのように明らかにプライバシーの一態様を保障した規定もあり、これらのことから個人のプライバシーの権利が憲法上保障されたものであることは明らかです。

判例では、いわゆる「宴のあと事件」東京地裁判決が個人のプライバシーの権利を「私生活をみだりに公開されない」という意味で認めています。また、「前科回答事件」最高裁判決でも同様の意味でこの権利を承認する補足意見がありました。さらに、人格権にもとづいて戦時中の逃亡歴の訂正を命じうるとした判決もあります。

憲法上の権利である個人のプライバシーの権利には、「私生活をみだりに公開されない」という消極的な側面と「自己に関する情報をコントロールする権利」という積極的な側面とがあるとされています。このうち、消極的な側面は司法による救済が比較的容易なのですが、積極的な側面の保障はこれを具体化する法制度がなければなかなか実現されません。個人情報保護法や個人情報保護条例はこの積極的な側面の保障を中心に、個人のプライバシーの権利の保障を具体化する法制度です。

 

〔目的〕
第1条 この法律は、日本国憲法の理念に基づき、個人のプライバシーの権利の保障を実効あらしめるため、個人情報の収集、保管及び利用等に関する個人の権利並びに実施機関の義務及び事業者の責務を定める。

[解説]

個人情報を収集・利用するのは何も政府や自治体に限られません。現代社会では消費者のニーズの多様化にともない、個々の消費者の動向を把握しなければならなくなったため、民間機関でも個人情報の収集・利用がさかんに行われています。そこでは、信用情報をはじめとして個人の趣味、嗜好にまでわたった個人情報が処理されており、個人のプライバシーの権利に重大な影響を与えています。したがって、個人のプライバシーの権利を保障していくためには、このような民間機関による個人情報の処理についても「個人情報保護法」の制定が必要です。しかし、民間機関と政府・自治体とではその性格が異なるため、別個に制定すべきだと私達は考えました。そのため、この法律・条例の対象は政府・自治体による個人情報の処理に限定し、民間機関の個人情報の処理については別途これを検討することとしました。

 

〔定義〕
第2条 この法律において、「個人情報」とは、個人に関する情報のうち、特定の個人が識別され、又は識別され得るもので、実施機関の職員が作成し又は取得した文書、図画、写真、マイクロフィルム、録音テープ及び磁気又は光ディスクその他一切の媒体に記録された情報をいう。

[解説]

第1項:本法・条例は、個人情報の保護を中心に個人のプライバシー権を確保しようとするものです。個人のプライバシー権を保障する範囲は「個人情報」の範囲をどう定めるかによって直接に左右されることになるので、モデル案では、「個人情報」の範囲をできる限り広くとらえることにしました。

まず、第一に、「個人に関する情報のうち、特定の個人が識別され、又は識別され得るもの」は全て「個人情報」とみなしました。個人データの保護に関するOECD理事会勧告も「個人情報」をこのように定義しています。

次に、モデル案では、この「個人に関する情報のうち、特定の個人が識別され、又は識別され得るもの」について、その記録媒体の側面から限定せず全ての記録媒体を対象としました。したがって、コンピューターに入力されている情報に限らず、マニュアル処理による情報についても「特定の個人が識別され、又は識別され得る」ならば「個人情報」となります。

なお、電子データについてはこの法律に基づく開示・訂正請求などを前提としてシステム化し、そのような個人の権利行使に迅速に対応できるようにすべきです。

2 この法律において、「個人情報の保管等」とは、個人情報の収集、保管及び利用をいう。

[解説]

第2項:「個人情報の収集、保管及び利用」を「個人情報の保管等」と定義したものであり、第4条(保管等の制限)がこの定義を使用しています。

3 この法律において、「実施機関」とは、国及び政令で定める公法人の機関をいう。

[解説]

第3項:この法律・条例に従って「個人情報の保管等」を行う義務があり、この法律・条例に基づく個人情報の開示、訂正、目的外利用の中止などの請求に応じる義務がある公的概関を定義したものです。ここでいう「国の機関」とは、国家行政組織法第3条に基づく行政機関で、すべての省庁、行政委員会、さらに、内閣法第12条の内閣官房及び同条第4項によって設置される人事院、国防会議などの機関をさします。

条例における実施機関は、地方自治法に基づき市町村に置かれている執行機関、委員会、委員を指します。また、議会及びすべての地方公共団体に置かれているわけではありませんが、公営企業管理者、消防庁なども「実施機関」に含めました。

なお、公的法人、外郭団体などの公的な色彩をもった団体の個人情報の処理についてもプライバシー保護をはかる必要がありますが、これらについては個別に検討して、政令で指定するものとします。地方自治体についても個別に検討し、条例等で実施機関に含めるべきでしょう。

 

〔実施機関の義務〕
第3条 実施機関は、個人のプライバシーの権利が適正に保障されるようにこの法律を解釈、運用するとともに、個人情報の保護と検索のために必要な措置を講じなければならない。

[解説]

第3条は、実施機関の一般的な責務を定めたものです。

 

〔保管等の制限〕
第4条 実施機関は、その所掌する事務の目的を達成するために必要かつ最小限の範囲を越えて個人情報の保管等をしてはならない。

2 実施機関は、次の各号に掲げる事項に係る個人情報の保管等をしてはならない。但し、法律によリ個別的に個人情報の保管等を認めているとき、記録の対象とされた個人の明示的な同意があるとき又は当該個人の生命、身体、健康若しくはその財産に対する危険を避けるためやむを得ないと認められるときを除く。

(1)思想、信条及び宗教に関する事項
(2)人種、門地、身体・精神障害、犯罪歴、病歴、その他社会的差別の原因となる事実に関する事項
(3)勤労者の団結権及び団体交渉その他の団体行動権の行使に関する事項
(4)集団示威行為への参加及び請願権の行使その他の政治的権利の行使に関する事項
[解説]

第1項:行政機関が個人情報の保管等を行うのは、それが事務事業を遂行するうえで必要不可欠なためです。行政機関が不必要な個人情報の保管等を行った場合には、個人のプライバシーが不当に侵害されるおそれが生じます。そこで、実施機関が事務の目的の範囲を超えて個人情報の保管等をすることを一般的に禁止することにしました。

第2項:各号にあげたような特定の情報について、その保管等を原則的に禁止したものです。ここにあげた情報はいわゆるセンシティブな情報と呼ばれるもので、これらの情報が本人のコントロールできない状態におかれると、個人の自由や人権が著しく脅かされるおそれがあるため、特に保管等を禁止することにしました。

但書では、これらの情報であっても、本人の明白な同意があるとき、または本人の様々な利益に対する危険をさけるためにやむを得ないと認められるとき、という二つの場合に限定して、実施機関による保管等を例外的に認めることにしました。前者は本人によるコントロールが確保されていること、後者は保管等の目的が本人自身の利益をはかる趣旨であることから、例外を認めたものです。

 

〔個人情報の登録〕
第5条 実施機関は、個人情報登録簿を備置し、個人情報を定型的方式によリ収集又は保管し、若しくは簿冊によって保管しようとするときは、個人情報登録簿に次の各号に掲げる事項を登録しなければならない。

(1)個人情報の記録の名称
(2)個人情報の利用の目的及び方法
(3)個人情報の対象となる個人の範囲
(4)個人情報の範囲及び内容
(5)第8条第1項の個人情報保護責任者
(6)その他政令で定める事項
[解説]

第1項:実施機関が個人情報の保管を行なうときに、個人情報登録簿に各号に掲げる事項を登録しなければならない場合があることを記したものです。

これは、個人情報の保管等の状態を明確にすることによってこの法律・条例の趣旨に反した収集・保管・利用が行われることを防止しようとするものであり、また、自己情報の閲覧・訂正権等の行使を保障する前提として重要な意義を有します。登録簿において利用目的を明示しておくことは、情報の目的外利用を規制する上で重要な機能を果たすことになるでしょう。

この趣旨からすると、あらゆる個人情報について、登録がなされることが望ましいと言えるかも知れませんが、実際には事務手続上極めて困難を強いることになりかねません。そこで、個人情報を定型的方式により収集、保管し又は個人情報に関連する簿冊よって保管する場合に限って登録するものとしました。

「定型的方式による収集、保管」とは、一定の行政事務に関し、一定の事項について個人情報を収集、保管することをいい、典型的なものとしては、電子情報処理システムによる入力、法令、条例、規則、要綱等に基づく様式によるものなどが考えられますが、一定の又は類似の書式によって情報を収集、保管する場合であって個人情報が含まれるものはすべてこれに含まれるといえます。

「簿冊によって保管する」とは、情報がファイルの形で保管され、そのファイルが個人情報を含むファイルと認められる場合をいいます。専ら個人情報の保管を目的とするファイルである必要はありませんが、ファイル中にたまたま単発的に個人情報が登場する場合はこれに含まれないことになるでしょう。定型的方式による収集、保管がなされる場合のほとんどは「簿冊によって保管する」がなされる場合にあたると思われますが、必ずしも定型的方式とは言えない場合にも、ファイルが作成されれば登録の対象にされます。政府や白治体がその事務を行ううえで、個人情報を収集、保管する主な場合のほとんどは「定型的方式による収集、保管」又は「簿冊によって保管する」として登録の対象とすることができるものと考えられます。

なお、住民基本台帳法第7条に規定する住民票の記載事項については、同法が、当該請求を拒むに足りる相当な理由があるとき等を除き、原則としてその公開を定めていますが、その記載事項も個人のプライバシーに関係するものとして、運用上公開が制限されるようになっています。このように、住民票の記載事項といえども個人情報の保護の対象外とすべき事項とは考えられないので、登録の対象とされることになります。

2 実施機関は、前項によリ登録された個人情報の保管を廃止するときは、個人情報登録簿に当該個人情報の登録を廃止する旨、廃止の年月日並びに廃止の理由を記載しなければならない。

3 実施機関は、第1項の個人情報登録簿の他に、個人情報に関する目録その他検索に必要な資料を作成し、一般の閲覧に供しなければならない。

[解説]

第2項:登録された個人情報の保管を廃止するときは、登録簿に当該個人情報の登録を廃止する旨、廃止の年月日及び廃止の理由を明記することにしました。これは、保管の廃止の有無を明示することによって、保管を必要としない情報の保管をチェックする手がかりを与え、また、自己情報の閲覧等請求権等の行使の対象となるべき情報の有無を明確にするためのものです。

第3項:どのような個人情報が保管されているかを知り、自己情報について閲覧等請求権等を行使することができるよう、第1項の個人情報登録簿の他に、個人情報に関する目録その他検索に必要な資料の作成と閲覧を義務付けたものです。

特に、第1項の個人情報登録簿は個人情報を定型的方式により収集又は、保管し、若しくは簿冊によって保管しようとするときに作成されるものですので、それ以外の方法によって収集又は、保管された個人情報については、本項に定める目録その他、検索に必要な資料の作成が重要な意義を有しています。

 

〔収集の制限〕
第6条 実施機関は、個人情報を収集するときは、あらかじめ次の各号に掲げる事項を明らかにして当該個人から直接収集しなければならない。

(1)個人情報の収集の根拠
(2)個人情報の保管の態様
(3)個人情報の利用の目的及び方法
(4)その他政令で定める事項
[解説]

第1項:個人情報について、当該個人からの直接収集の原則を定めたものです。これは、個人情報の収集は原則として収集の根拠、目的等を明示して当該個人から直接収集することを定め、正当な根拠なく、個人情報が収集されたり、不正確な情報が収集されたり、本人の知らないうちに個人情報が収集されることを防止しようとするものです。

2 前項の規定にかかわらず、実施機関は、次の各号に該当する場合においては、個人情報を当該個人以外のものから収集することができる。

(1)当該個人の事前の同意を得たとき
(2)当該個人以外のものからの収集について法律の定めがあるとき
(3)出版物の公刊その他によって、公知性が生じた個人情報を収集するとき
[解説]

第2項:直接収集の原則を採用したとしても、行政運用上やむをえず当該個人以外から収集する場合も生じかねません。しかし、個人の知らないうちに当該個人の情報が収集されることによって個人のプライバシーが侵害されないよう、当該個人以外から収集する場合を、「当該個人の事前の同意を得たとき」、「出版物の公刊その他によって、公知性が生じた個人情報を収集するとき」、「当該個人以外のものからの収集について法律(又は条例)の定めがあるとき」に限定しました。

3 当該個人が法令に基づく申請行為を行った場合には、当該個人よリ直接収集がなされたものとみなす。

[解説]

第3項:個人が法令に基づく申請行為(たとえば、建築許可の申請、生活保護申請など)を行った場合には、本人において当該個人情報が実施機関に収集される結果となることを承知しているので、このような場合には、直接収集がなされたものとみなすことにしました。

 

1条-5条   7条-11条  12条ー24条 

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