新陪審法案(第1次案)





新陪審法案の発表にあたって
何故、いま陪審か

1989年9月15日
社団法人 自由人権協会

  1. 陪審法は、大正12年に成立し、昭和3年から施行されたが、昭和18年に停止されたまま今日に至っている。戦後、国民の間には、陪審制度復活に対する一部の根強い願望は存在したものの、この問題が社会的・政治的に大きな話題になったことはないように思われる。陪審法制定に向けて、かつては国民世論をけん引した在野法曹も、戦後は、陪審制度復活に向けて決して積極的であったとはいえない。陪審制度復活についての日本社会におけるこうした消極的態度は、戦前の陪審制度および運用に対する否定的評価と戦後の刑事裁判制度および運用への肯定的評価の両者によるものと推測できる。しかし、前者についていえば、否定的評価の主たる原因と考えられる制度上の欠陥を現行憲法の精神に適合させて是正する検討をまず行うべきであり、後者に関していえば、現在は、以下に述べるように、職業裁判官による刑事裁判に対する深刻な反省が求められている状況である。したがって、こうした点を双方検討していくと、今や陪審制度の復活への本格的議論をなすべき時期にきていることが明らかになる。

  2. 戦後の刑事裁判は、人権尊重の精神に溢れた新憲法のもとで、英米型の当事者主義の考え方をとりいれた刑事訴訟法により運用されることとなった。しかし、当初こそ指導的法曹の努力により、被告人に対する人権擁護への熱意に満ちた裁判運用が一部なされたものの、現在は、裁判官の官僚化とともに、供述調書の安易な採用、保釈率の低下などにみられるように、運用の形骸化、裁判官の人権意識の希薄化が進み、裁判官と国民との法意識の乖離も拡大してきている。さらに深刻な事実は、免田、財田川、松山、島田再審事件などで明らかになったように、冤罪事件の発生が職業裁判官の裁判のもとで防ぎえなかったことである。これらの事件は、幸いにして、最終的には被告人が無実であることが判明しえたが、こうした事件の存在は、誤判が正されないまま終了している多数の裁判の存在を推認させるものであり、現行の裁判制度に根本的な反省をせまっていると云わざるをえない。こうした現行裁判制度および運用に関する批判に対し、刑事訴訟法の原点に立脚した運用をすれば陪審制度を復活させるまでもなく適正な裁判が期待できる、との有力な考えもある。しかし、司法の官僚化が変わることなく深化しているなかで、個々の裁判官の努力に期待するだけで事足りるとは思えない。また、近時、司法当局が陪審制度の検討に着手しているのも、現行の裁判制度・運用に対する自省がその背後に存在するからではないだろうか。

  3. 旧陪審法は、制度として失敗であったとの評価が聞かれる。確かに、事前に立法推進者が期待していたほどには陪審が実施された裁判は多くなかった。しかし、これは陪審事件の適用範囲が限定されていたこと、被告人本人の費用負担が過大であったこと、陪審答申の拘束力がなかったこと、職業裁判官による裁判と比較して上訴が限定されていたことなど、制度上の欠陥ともいうべき原因がその主たる理由である。勿論、その他の理由も考えられるが(例えば訴訟主体の一員たる弁護士の業務の都合など)、それは付随的なものであり、制度自体として国民の理解と共感がえられれば付随的問題は解決可能である。陪審制度は、財政上の負担が大きいこと、複雑な事件を審理することが非常に困難であることなどの問題点が存するが、法律に社会の正義感を注入する機構といわれるように、司法の運営に国民を参加させることによるメリットは、前述した司法の現状に鑑みると、極めて大きいものがある。陪審制度には少なくとも次の効用がある。

    (1)職業裁判官の誤判によって無実者を罰することが回避できる。
    陪審員による誤判が生じない保証はないが、戦前の実績によれば、無実者を罰することは減少するはずである。

    (2)捜査のやり方が改まる。
    供述調書に記載されたことよりも、法廷での証言を重視せざるをえなくなる結果、自白調書の価値が減じる。従って、被疑者の身柄を拘束して肉体的、精神的拷問等を加えて自白を採ろうとする捜査が改まる。冤罪事件の多くが、捜査段階の自白に裁判官が信用を置きすぎた結果により発生したことを考えると、この点からも無実者を罰する可能性は減じるといえよう。また、被疑者を身柄拘束したときでも、被疑者と弁護人の接見交通権が尊重されよう。このように、陪審制度は、捜査の在り方に様々な点でよい影響を与えることが期待できる。

    (3)裁判のやり方が丁寧になる。
    陪審員を説得するためには、裁判官、検察官、弁護人とも態度・物腰・言葉遣い全てに亘って紳士的かつ常識的に対処しなければならず、一部裁判官の強権的な訴訟指揮も減少すると考えられる。

    (4)国民の健全な法意識が裁判に反映される。
    日常の社会生活上の出来事を規制する基準の適用を国民自身がなすことのできるメリットは大きい。 立法府が悪法を制定したり、検察官が窓意的な法運用をなしたときは、陪審員をとおして公権力の濫用を抑制できる。裁判官も、憲法で身分が保障されており、権力の圧力に屈せずに独立した判断がなせる地位にはあるものの、陪審員とはやはり立場が異なる。要するに、陪審員のこの側面の機能は、立法府による悪法制定ならびに法の悪運用に対する国民の実質的抵抗を司法の場で確保する意義を有する。

    (5)国民が刑事裁判に強い関心を抱くことになり、国民自身の自覚が向上し裁判所に対する親近感が増す。
    刑事裁判そのものが国民から注目され、裁判官・検察官・弁護人も国民の存在を強く意識せざるをえず、志気も一段と向上する。


  4. 当協会は、以上のような問題意識から、現在停止中の陪審法(便宜上、以下旧陪審法という)の見直し作業を行った。旧陪審法の規定について、憲法秩序に違反する部分を改廃し、刑事訴訟法その他の戦後の立法に合致するよう内容及び文言を手直しし、日本語の表現を一部改め、それとともに、旧陪審法の制度的欠陥部分を最小限改正した。この結果、旧陪審法と異なった主たる内容は次のとおりである。
    1. 法定陪審事件、請求陪審事件の範囲を拡大した(第2条、第3条)。
    2. 陪審不適事件を廃止した(第2条解説参照)。
    3. 陪審員の資格要件を改正した(第11条以下)。
    4. 伝聞証拠禁止の範囲を拡大した(第61条)。

      刑事訴訟法第321条1項2号本文後段及び同第322条1項の適用排除

    5. 裁判長の説示に対して異議の申立てを認めた(第64条)。
    6. 陪審の更新制度を廃止した(策82条解説参照)。
    7. 無罪判決に対する控訴を禁止した(策87条)。
    8. 有罪判決に対する控訴を認めた(策87条)。
    9. 陪審費用を被告人に負担させないこととした(策89条)。

    以上の見直しのほかに、よりよき陪審制度を求めるためには、多くの点でさらに検討が必要とされる。そのうちの一部については、後述のとおりである。これらの論点については、当協会として現在検討中であり、その結果は改めて発表する所存である。

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