人権委員会設置法案
 
 
人権委員会設置法案
発表にあたって
国連規約人権委員会は、1998年11月5日採択した日本政府報告書についての最終見解において、日本に国内人権機関が存在しないことに関して懸念を表明した。
自由人権協会は、インドネシア法律扶助人権協会(PBHI)と共催し、1999年2月、ジャカルタにおいて、シンポジウム「人権確立のための共同行動ー 国内人権機関のあるべき姿を求めて」を開催し、2月12日、最終声明を採択し、国内人権機関が人権の伸長と保護を目的とした有意義な機関であることを確認した。
人権擁護推進審議会は、国内人権機関に関する審議を始めつつある。
アジア人権小委員会は、日本における国内人権機関の設置をめざして、その法案の作成作業を続け、この度、一応の案をまとめることができた。
未解決の問題が多分にあるものの、国内人権機関に関する議論のため、資料を提供する意義があると考え、現段階の法案を発表することとした。多数の意見が寄せられることを期待する。
人権委員会設置法案
2000年4月10日
社団法人自由人権協会(JCLU)
アジア人権小委員会
(組織、運営上の原則)
第1章 目的、活動および組織、運営上の原則
(目的)
第1条 この法律は、人権委員会を設置し、その活動をもって、何人も、憲法、法令ならびに市民的および政治的権利に関する規約を初めとする国際人権諸条規約が定める人権を迅速かつ効果的に享受できるよう保障することを目的とする。
『解説』
第1条は、人権委員会の設置の目的を示す。国内人権機関の地位に関する原則(以下、「パリ原則」という。)第1条は、「国内人権機関は人権の伸長および保護する権限を付与されるものとする」と定める。
本状の趣旨は、パリ原則第1条と同様であるが、憲法を頂点とする国内法令および国際人権諸条規約が保障する人権を人権委員会が扱う人権とした。
国際人権諸条規約において規定されている人権の保障を条文に明記することにより、この活動が、人権委員会の最も重要な任務の一つであることを明らかにした。国際社会において、第二次世界大戦後、人権文書が国家により批准されてきたものの、批准のみでは、実効的な権利の実現を確保するに不十分であったという認識に基づき、人権の伸長および保護のための国内機関設置の重要性が確認されたことから、パリ原則が採択されたものである。
条約を批准した後、その履行状況について包括的に監視・調査する機関がなく、また、二元主義と条約優位説を通説としていながら、裁判所において国際人権諸条規約が十分に適用されていない日本の現状に鑑みれば、人権委員会の重要性は強調されるべきである。
市民的および政治的権利に関する規約は、国際人権諸条規約の例示として挙げられている。国際人権諸条規約とは、日本国が批准した条約および規約を意味するが、日本国が未だ批准をしていない条約であっても、多数国が批准している国際条約や、地域条約は、解釈の基準とされるべきである。また、国際人権機関の勧告・意見等も、解釈の重要な指針となる。
(諸活動)
第2条 人権委員会は、前条の目的を実現するため、以下の諸活動を行う。
(1) 人権の保障および促進についての調査、勧告および意見表明
(2) 人権侵害被害者の救済
(3) 人権教育支援および人権に関する研修
『解説』
(1)の活動人権の保障および促進についての調査とは、人権一般に関する国内状況、具体的な問題に関する調査、現行の法規の内容およびその運用ならびに法案等の調査を含む。
提言および勧告は、法的拘束力を持たないものの、国・地方公共団体、法人および団体に対し、注意を喚起し、改善のための施策を提案するなどの活動である。
調査や個別の人権侵害被害者の救済の経験をもとに、国会や政府への提言を行うことも重要な任務である。
(2)の活動 個別の人権侵害事件に対する、救済の活動である。第4章にいくつかの救済制度を設けたが、これらは人権侵害被害者の救済を迅速かつより効果的に行い、また、被害者の負担ができるだけ軽くなる活動をめざす。
(3)の活動
人権委員会は、専門的な研修そして教育支援を行う。
(組織、運営上の原則)
第3条 人権委員会は、以下の原則に基づいて組織され、かつ運営されなければならない。
(1) 独立した財政基盤を持ち、独立して活動すること
(2) 中立を保って運営されること
(3) 委員は、多元的な基盤から任命され、かつ、多様な人材をもって構成されること
(4) 各地の実情に合致した活動が行われるよう組織されること
(5) 専門的活動を行えるよう組織されること
(6) 人権侵害の被害者が迅速かつ効果的に救済されるよう運営されること
(7) 市民およびNGOとの間にフォーラムを持つこと
(8) 他国の国内人権機関と連携すること
(9) 国際社会、国際機関および各国の人権機関と協力し、連携すること
『解説』
(1)独立した財政基盤を持ち、独立して活動すること
第4条に明らかなように、人権委員会は行政機関として設置されるが、独立してその業務を行い、その独立性を確保するため、予算においては、自主性が最大限尊重されなくてはならない
(2)中立を保って運営されること
(1)で人権委員会が独立性を保つことの目的の1つは、中立性を保った運営を行うことである。しかし、この中立性は、国内法そして国際人権基準に照らしての中立性であって、人権侵害被害者への救済の手を差し伸べずに「中立」を保つこととは、全く異なる
(3)委員は、多元的な基盤から任命され、かつ、多様な人材をもって構成されること
パリ原則においても多元主義の重要性が指摘されている。社会的そして政治的に多元的・多様な人材で構成されることは、人権委員会の独立性・中立性・精密性に寄与する
(4)各地の実情に合致した活動が行われるよう組織されること
個別具体的問題の調査および人権侵害被害者の救済は、地域に密着した活動により行われなければならない。現行の人権擁護委員制度は、人権相談委員制度に発展し、相談業務を担うとともに救済申立てについて被害者を援助し(第22条2項)、かつ勧告の履行状況を調査する(第25条4項)
(5)専門的活動を行えるよう組織されること
人権委員会委員は、名声のみで選ばれてはならず、また、職員は他の政府機関からの出向公務員で構成されてもらならない。法曹として長年の経験を持っている者であっても、人権分野における専門家とは必ずしも言えないことに注意しなくてはならない。人権の保障は、国内法令、国際人権諸条規約、国内外の人権状況等に造詣、経験の深い専門家のみが業務を担うことができる。
職員、調停委員、人権相談委員は、組織的に、人権研修を受け、人権NGOや国際人権組織等との交流をすることにより、専門性を保持しなければならない。
(6)人権侵害の被害者が迅速かつ効果的に救済されるよう運営されること
人権委員会は、中立に運営されるものの、その目的は人権の保障、伸長であるから、人権侵害被害者を迅速かつ効果的に救済することを原則とする。
協議・説得・調停は、訴訟と比べて簡易な手続きである点を大いに利用し、迅速な手続きを目指さなくてはならない。
そして、協議・説得・調停そして勧告等の中で、適切な手続きを適宜選択し、効果的な救済をめざす。民事訴訟のような金銭賠償に限らない解決法、たとえば職場復帰や団体内の規則改正、人権教育の義務化、アファーマティブアクションの採用等、多様かつ妥当な解決をめざす。
効果的かつ迅速な救済には、調査過程での情報の公開とプライバシーの保護も重要である。
(7) 市民およびNGOとの間にフォーラムを持つこと
オーストラリア人権委員会のフォーラムをモデルとしている。題目ごとにワーキンググループを設置し、長期・短期に亘って、市民や人権NGOとの話し合いの場を持つ。市民および人権NGOから人権委員会への申し入れ、政府や団体へのNGOとの共同提案、調査報告書を公表し、メディアに提供するなど、既存の政府、市民間の関係にとらわれない、柔軟で前向きな共同行動を行う。
(8)他の国内人権機関と連携すること
アジア太平洋地域の国内人権機関フォーラムへの参加や各国の国内人権機関等との積極的な連携が求められる。特に、アジア太平洋地域の国内人権機関フォーラムについては、現在、日本政府が参加していないことの批判があり、早急かつ継続的な関与が望まれる。
(9)国際社会、国際機関および各国の人権機関と協力し、連携すること
(8)に例示された各国の国内人権機関に限らず、国連人権高等弁務官事務所等の国際人権組織、地域条約の人権組織、各地の人権組織・人権NGOと協力し、連携することが求められる。国際人権基準の実施の面では、決して先進的取り組みを行っているとは言えない日本政府にとって、すでに多くの人権の保障、促進の経験を持ち、知識・情報を有している諸団体との交流は必須である。そして、日本の人権状況・人権委員会の活動状況について国際社会において公表する任務を負い、政府ODAを始めとする政府間の協力のあり方の参考となる情報を提供する。
第2章 組織
(所轄)
第4条 人権委員会は、内閣総理大臣の所轄とする。
『解説』
所轄を内閣総理大臣とする。人権委員会は、委員長および委員8名よりなる合議体の行政機関で、行政委員会である。国の行政組織の基本を定めた国家行政組織法上は、同法第3条2項に定める「委員会」として、総理府の外局とされることになるだろう。しかし、総理府の長である内閣総理大臣は、人権委員会が人権委員会設置法の規定によって与えられた具体的職務の遂行に関する指揮監督権限を持たない(同法第6条)。「所轄」というのは、内閣総理大臣の管轄下にあるが、行政機関として独立性の強いことを示している。
(独立性の保障)
第5条 人権委員会の委員長および委員は、独立してその権限を行使する。
『解説』
人権委員会は独立行政委員会である。
人権委員会の職権行使の独立性を規定する。人権委員会の職権の独立性が重要であるのは、1.職務遂行における公正・中立性と安定性が求められること、2.準司法手続の必要性、3.高度の専門知識にもとづく判断が必要であること、などによる。
職権行使の独立性は、内閣総理大臣はじめ委員会外との関係はもちろん、委員一人一人に付与されているのだから、委員会内部すなわち委員同士の関係においても保持されなければならないのは、当然である。
身分の保障(第8条1項)、報酬の保障(同条2項)が定められているのも、職権行使の独立性を確保するためである。
(組織、委員長、委員の任命)
第6条 人権委員会は、委員長および8名の委員をもって、これを組織する。
2 委員長および委員は、内閣総理大臣が、両議院の同意を得て、これを任命する。
3 内閣総理大臣は、次の者の中から少なくともそれぞれ2名を委員に任命しなけれ ばならない。
(1) 人権分野で活動する市民団体が推薦した者
(2) 法律に関する学識または実務経験を有する者
4 内閣総理大臣は、委員長および委員の任命にあたっては、次の事項を遵守しなければならない。
(1) 同一政党に属する者を3名以上任命してはならない。
(2) 同性の者を6名以上任命してはならない。
『検討課題』
1.委員の数は、多元性、多様性の確保と密接に関連するので、これを念頭にさらに検討が必要である。
2.委員長を委員の中から互選にする方法もあるが、とりあえず、このように規定した。互選の方が内閣からの独立性を確保するうえで、よりよい方法であるとも考えられる。
(委員長、委員の任期)
第7条 委員長および委員の任期は、5年とする。但し、補欠の委員長および委員の任期は、前任者の残任期間とする。
2 委員長および委員は、再任されることができる。
3 委員長および委員は、年齢が70歳に達したときは、その地位を退く。
4 委員長または委員の任期が満了し、または欠員が生じた場合において、国会の閉会または衆議院の解散のため両議院の同意を得ることができないときは、内閣総理大臣は、第6条3項および第4項にしたがい、委員長または委員を任命することができる。この場合においては、任命後最初の国会で両議院の事後の承認を得なければならない。
(委員長、委員の身分保障)
第8条 委員長および委員は、次の各号の一に該当する場合を除いては、在任中、その意に反して罷免されることがない。
(1) 後見開始審判もしくは保佐開始の審判を受けた場合または破産の宣告を受けた場合
(2) 懲戒免官の処分を受けた場合
(3) 禁固以上の刑に処せられた場合
(4) 人権委員会により、心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合
(5)第7条4項の場合において、両議院の事後の承諾を得られなかったとき
2 委員長および委員は、定期に相当額の報酬を受ける。この報酬は、在任中、減額されることがない。
『解説』
人権委員会の委員長、委員の選任にあたっては、判断能力が重要であることはいわば当然である。後見開始または保佐開始を罷免事由としたのは、委員長、委員の選任後、精神上の障害によって判断能力が衰えたときには、医師の診断のみでは足りず、家庭裁判所の審判を要することとする趣旨である。
(委員長、委員の罷免)
第9条 第8条第1項第1号または第3号ないし第5号の場合においては、内閣総理大臣は、その委員長または委員を罷免しなければならない。
(委員長の権限)
第10条 委員長は、人権委員会の会務を総理し、人権委員会を代表する。
2 人権委員会は、あらかじめ委員のうちから、委員長に故障のある場合に委員長を代理する者を定めておかなければならない。
(議事・議決の方法)
第11条 人権委員会は、委員長および4人以上の委員の出席がなければ、議事を開き、議決することができない。
2 人権委員会の議事は、出席者の過半数をもってこれを決し、可否同数のときは、委員長の決するところによる。
3 人権委員会が第8条第1項第4号の規定による決定をするには、前項の規定にかかわらず、本人を除く全員の一致がなければならない。
4 委員長に故障のある場合の第1項の規定の適用については、第10条第2項に規定する委員長を代理する者は、委員長とみなす。
(事務総局・地方事務所)
第12条 人権委員会の事務を処理させるため、人権委員会に事務総局を置く。
2 事務総局には、総務、および第3章ないし第5章の各章の活動を担当する部門を置く。
3 事務総局に地方事務所を置く。
4 前項の地方事務所の位置、名称および管轄区域は政令で定める。
『解説』
国家行政組織法では、その事務を分掌させる必要のある場合には、地方支分部局を置くことができる(同法第9条)。
事務内容は、当該管轄区域内の申立の受理、調査、協議、説得、調停および相談に関する事務である。申立の受理などについては、その事務の過程を経て、実際上、事件のスクリーニング機能を果たすことがある。
人権委員会は、中央に一つの一元的な行政機関であって、地方委員会ー中央委員会の二元システムをとらない。地方との関係からすると、地方自治体の条例にもとづく人権機関の活動が期待されている。
『検討課題』
条例に基づく人権機関が設置されている場合は、それとの関係が調整されなければならない。その場合、人権委員会の役割はおそらく補完的なものとなるであろう。
(調停委員)
第13条 人権委員会は相当数の調停委員を置く。
2 調停委員は、人権委員会の下で、人権侵害の当事者を説得または当事者間の調停をすることができる。
(人権相談委員)
第14条 人権委員会は相当数の人権相談委員を置く。
2 人権相談委員は、人権に関する相談、協議、説得およびこの法律に定める職務を行う。
3 人権相談委員は人権委員会に対し、その活動報告をしなければならない。
『解説』
現行の人権擁護委員の活動は、相談が中心と言われているが、日々の生活の中で発生する個人間の様々な人権問題については、相談は一つの有効な方法であると思われ、この制度を設けることとした。
人権相談委員は現行の人権擁護委員が行っている相談活動を行うと共に、これに加え、被害者の救済申立に対する援助(第22条2項)および勧告の履行状況の調査を行う権限が付与されており(第25条4項)、その点においてその役割が強化されている。
第3章 勧告および意見表明
『解説』
本章は人権委員会の活動のうち、個別人権侵害事件を除く一般的な人権状況の調査およびその結果を踏まえての勧告、意見表明について規定したものである。人権に関する政策立案や国内の全体的な人権状況を改善するためには、国内の人権状況について独立した機関による広範かつ客観的な把握が必要である。なお、この活動においては、国内外の民間および公的な人権機関との連携が不可欠であることはいうまでもない。
(調査対象)
第15条 人権委員会は、下記事項について調査を行うことができる。(ただし、報道、出版の自由の行使にかかわる事項を除く。)
(1) 人権に関する国内法の遵守状況
(2) 国際人権諸条規約の履行状況
(3) 国際人権基準ならびにその国際社会および国内における履行状況
(4) 国際人権基準と国内法との整合性
(5) 国の機関と国連その他の国際機関、地域機構および他国の国内機関との協力状況
(6) 国および地方公共団体の機関ならびにその他の関係機関と人権分野で活動する市民団体との協力状況
(7) その他、人権の保障および促進に関する事項
『解説』
調査の対象は、非常に広範なものである。国内法規の遵守状況はもちろんのこと、国際社会における人権状況や外国の人権機関の活動や協力についても調査をする。
人権委員会は国内の人権状況はもちろんのこと、国際的な人権基準や人権に関する議論にも常に敏感であることが求められている(第2、3号)。
また、日本の政府機関が国際社会での議論にどのように参加し、あるいは他の諸機関とどのように連携しているかをチェックする任務(第4号)も担っている。
この他に国内の既存の人権に関する諸機関間の連携協力関係を深めるなどの調整活動も求められている(第5号)。<>>
『検討課題』
表現活動による人権侵害については、行政機関が表現活動を調査することは表現の自由の原則に違反するという考えがあり、他方、本法によって設置される人権委員会は、あらゆる人権侵害について、調査、救済をする機関でなければならず、このような例外を設けるのは、人権委員会の本来の趣旨に反するという考えもある。また、報道・出版の自由の行使にかかわる事項については、第一次的には報道機関などによる自主的な解決に委ねられるべきであるという考えもある。
(調査開始)
第16条 人権委員会は、随時、前条の調査を行うことができる。
『解説』
調査の開始は個別事件に関する調査でないことから特に要件を定めていない。
(調査方法)
第17条 人権委員会は、質問、文書その他の資料の収集、立入りおよびその他の方法をもって調査を行う。
2 人権委員会は、前項の調査を行うにつき強制権限を有しない。
3 前項の定めにかかわらず、人権委員会は、調査の対象が国および地方公共団体の機関、ならびに拘禁施設の場合は、以下の権限を行使することができる。
(1) 立入
(2) 質問
(3) 文書の閲覧および資料の調査
(4) 文書その他の資料の提出命令の発令
(5) 出頭命令の発令
4 人権委員会は、前項の調査に応じなかった場合は、その機関および機関の長、ならびに権限行使に応じなかった事実を公表することができる。
『解説』
調査の方法は質問、文書その他の資料の収集、立入り等によるが(1項)、これらは相手方の任意の協力により行われるもので、強制権限を持たない(2項)。
しかし、相手方が国および地方公共団体の機関、ならびに拘禁施設の場合は立入、質問、文書の閲覧および資料の調査、文書その他の資料の提出命令の発令、出頭命令の発令などの権限を有する(3項)。これは入管施設、刑務所などの拘禁施設の場合のように被害者が被害を訴えにくい場所に関しては、人権委員会が一定の強制権限をもって定期的に調査に当たる必要があると考えるためである。強制権限に従わなかった場合の罰則については議論の余地のあるところであるが、本法案では「機関および機関の長、ならびに権限行使に応じなかった事実を公表」するにとどめた(4項)。
(調査目的)
第18条 前条に定める権限の行使は、犯罪捜査のために認められたものと解してはならない。
『解説』
調査権限は、行政目的のために与えられたものであることを明らかにした。なお、本条は、調査の結果、犯罪が認められる場合に、人権委員会が刑事告発する場合があることまでを否定するものではない。
(調査嘱託)
第19条 人権委員会は、その職務を行うために必要があるときは、公務所、特別の法令により設立された法人、学校、専業者、事業者の団体、人権分野で活動する市民団体または学識経験のある者に対し、必要な調査を嘱託することができる。
『解説』
人権委員会は、一般調査に際しては各分野で専門的な知識や経験を有している団体や個人、あるいは他の公的機関にその調査の一部あるいは全部を嘱託することができるものとする。調査委託されたものが人権委員会と同等の権限を有するかが問題となるが、本法案ではその権限を有しないと考える。
(勧告、意見表明)
第20条 人権委員会は、調査の結果改善すべきことが明らかになった場合は、国および地方公共団体の機関、法人ならびに団体に対し、改善のための勧告および意見表明をすることができる。
(政府報告書に対する意見)
第21条 人権委員会は、国際人権諸条規約に基づき、政府が国連またはその他の国際機関に提出する報告書について、意見を付さなければならない。
『解説』
現在、政府報告書は、各省庁がそれぞれの権限に基づいて作成している。また、その内容は、制度についての説明が中心であり、人権の保障および促進の実態を反映していないとの批判がある。
本条により、人権委員会は、一般調査などの成果をふまえ、政府報告書について意見を付することになり、日本の人権状況についてより実態に即した情報が提供されることになる。
第4章 被害者救済
『解説』
本章は、第3章の一般調査に対し、人権侵害の被害者につき、個別的救済をするための制度を設けた章である。
(救済の申立て)
第22条 何人も、人権委員会に対し、人権侵害について救済の申立をすることができる。
2 人権相談委員は、被害者の要請がある場合には、被害者が行う人権委員会に対する救済申立の手続を援助することができる。
3 人権相談委員は、被害者の要請があったにもかかわらず援助をしなかった場合は、その事実を理由とともに人権委員会に報告しなければならない。
『検討課題』
自己のみならず第三者に対する人権侵害についても救済の申立権を認めるべきであるとの意見がある。これは、救済の申立が不可能な状況を想定しての意見であるが、他方、被害者が自由に意見を決定できる状況にあるときは、被害者の同意を要件とすべきと思われる。
(調査開始)
第23条 憲法、法律、条例およびその他の法令の人権保障規定、または国際人権諸条規約に違反してなされた差別およびその他の人権侵害(以下「人権侵害」という)について、救済の申立てがあったときは、調査を行う。(ただし、第15条に定める事項を除く。)
2 人権委員は他に適切な救済方法があると判断したときは調査を行わない。
『解説』
1項 個別人権侵害事件についての調査開始の要件として、憲法以下の実体法に違反する事実について救済の申立があったときとした。
本法案は、人権保障に関する実体の規定を設けずに、直ちに、人権委員会の設置について定めたため、調査開始の要件は他の実体法に依拠することなった。包括的な救済機関として設置をめざす以上、やむをえない。
「差別」を人権侵害との例示としたのは、既に実定法上存在している人権が、ある人々(例えば、外国人)がこれを享受できない状況は、「差別」概念により相当広く救済できるからである。
2項 人権委員会の権限は、他の既存の機関の権限と競合せず、これを補完するものであることを定めた。
『検討課題』
個別救済に関し、人権委員会がどのような分野で機能するかについて、本条文からはイメージできないとの批判がある。とりあえず、差別的など一個の問題について基本法を定め、その中で実施機関を設置する方法もある。
表現活動による人権侵害については、第15条と同一の問題がある。
(調査)
第24条 本章の調査の方法については第17条を、調査目的については第18条をそれぞ れ適用する。
2 人権委員会は、本章の調査に関し、調査を求めた相手方がこれに応じなかったと きは、その相手方を特定する事項および求めた調査の内容を摘示してその事実を公 表することができる。
『解説』
本章の調査方法も、一般調査と同様に任意とし、国等の機関に対してのみ強制
権限を有することとした。
もっとも、第2項を設け、調査に協力しない場合は、これを公表することとし、
一般調査の場合よりも、調査をしやすいようにした。
(勧告)
第25条 人権委員会は、人権侵害を認めたときは、侵害を行っている者に対し、侵害の中止、侵害状態の除去、侵害の予防または被害の回復のために必要な措置をとるべきことを勧告することができる。
2 前項の規定による勧告を受けた者は、遅滞なく人権委員会に対し、当該勧告を応諾するかしないかを通知しなければならない。
3 人権委員会は、第1項の規定による勧告をした後、当該勧告を受けた者に対し、当該勧告の実施状況の報告を求めることができる。
4 人権委員会は、人権相談委員に委嘱し、勧告の履行状況を調査させ、その結果を報告させることができる。
5 人権委員会は、第1項の規定による勧告を受けた者が当該勧告を応諾しない場合または応諾したが当該勧告を実施していないと認める場合は、当該事件に関連する民事訴訟または行政訴訟の証拠とするため、当該訴訟当事者に対し、勧告にかかる書面、調査および資料を提供することができる。
『解説』
1項 勧告は、人権侵害の事実を認めたときに、侵害者に対し行うものである。勧
告は、委員会の名において、勧告の主文および理由からなる書面によって行われる
こととなる。
2項 勧告について、侵害者の態度を明らかにさせるものである。
3、4項 勧告の履行状況の調査に関する規定であり、4項では、人権相談委員に
調査させる制度を設けた。
5項 勧告実現のための補助的手段を設けた。
(公表)
第26条 人権委員会は、第25条による勧告を受けた者が当該勧告を応諾しない場合または応諾したが当該勧告を実施していないと認める場合は、当該勧告を受けた者の氏名・名称等その者を特定できる事実、人権侵害と認めた事実およびその他必要な事実を公表することができる。
2 人権委員会は、前項の公表に当たり、勧告を受けた者が勧告を応諾しないことにつき意見を表明したときは、人権委員会が必要と認める範囲においてこの意見を公表することができる。
『解説』
1項 勧告を受けた機関などが応諾をしない場合、あるいは、応諾したものの勧告
を実施しない場合にとられる方法であり、勧告の受諾または受託した勧告の履行を
確保するための手段である。
2項 勧告を応諾しないことについての意見の公表を、「人権委員会が必要と認め
る範囲において」と限定をしたのは、当該意見によって二次的人権侵害が生じない
ようにするためである。いうまでもなく、人権委員会の勧告を批判する意見は公表
されなければならない。
(説得、調停)
第27条 人権委員会は、調停委員をして、当事者を説得し、または当事者間の調停をすることができる。
2 人権委員会は、調停の結果、当事者間の合意が成立した場合は、合意事項につき、文書を作成する。
『解説』
本条は、人権委員会が、調停委員により説得および調停をすることによって当事者
間の調整を行い、人権侵害の被害者を救済するために設けられた制度である。
(訴訟参加)
第28条 人権委員会は、第25条1項に基づく勧告をした人権侵害につき、被害者が訴えを提起したときは、被害者のために当該訴訟に参加することができる。
2 人権委員会が前項に基づき民事訴訟に補助参加することを決定したときは、民事訴訟法第42条に定める利害関係を有するものとみなす。
3 人権委員会が、第1項に基づき行政訴訟に参加することを決定したときは、行政事件訴訟法第23条1項に定める訴訟参加の必要があるものとみなされなければならない。
『解説』
訴訟参加は、人権委員会が、人権侵害の被害者、すなわち、訴訟当事者の一方を支援するものであり、その限りにおいては中立的ではない。したがって、訴訟参加の要件を人権委員会が人権侵害を認めて勧告した場合とした。
『検討課題』
訴訟参加の要件をもっと厳格にすべきか。
(緊急保護)
第29条 人権委員会は、人権侵害の被害者で、かつ、緊急の保護を必要とする者について、適切な措置をとることができる。
『解説』
これは、当面の緊急の保護を必要とする者について適切な措置をとることができることを定めたものである。
『検討課題』
「緊急の保護を必要とする者」の要件および「適切な措置」をより具体的にする必要がある。
第5章 教育支援および研修
(教育支援および研修)
第30条 人権委員会は、各機関における人権教育の具体的かつ効果的な支援を行う。各機関には初等中等学校、大学などの教育機関、法曹団体、政府機関、司法機関、言論機関、医療機関が含まれる。
2 企業や私的団体における人権教育への支援を行う。
3 人権委員会は自ら公務員などに対する人権に関する研修を行うことができる。
『解説』
専門的な研修・教育支援の対象者は、議員、裁判官、検察官、弁護士、警察官、入管職員、刑務官、人権施策運用に関わる公務員、その他(ソーシャルワーカー、自衛官、人権NGO、教員、労働組合役員、医療機関等)である。これらの社会における人権の実践に関して影響力・能力をもつ集団に対して、人権についての知識を与え、その知識を実践可能な技能へと高める研修を行う。特に、規約人権委員会が、1998年11月5日採択した日本政府報告書に関する最終所見において、裁判官に対して、市民的および政治的権利に関する国際規約に習熟させるため、裁判官協議会及びセミナーが開催されるべきであると勧告したことに鑑み、裁判官に対する研修は急務かつ重要である。
上記以外の教育支援とは、第1に義務教育年限の子どもたちに対する人権教育であり、具体的には、教育カリキュラムへの人権概念の包含、カリキュラムの改正等に専門的助言を提供すること、教員や教員養成者に指導・助言を与えることななどである。
第2には、高等教育レベルにおける人権の特別コースの開設や人権の研究従事者に対する支援、学生への資料提供等であり、第3が、企業や私的団体が行う人権教育に対する支援である。
専門的知見と経験を持ったNGOが存在する場合には、これと協力して研修・教育を行うことが望ましい。
公務員などについては、支援ではなく、人権委員会が自ら研修を行う。
第6章 その他
(活動報告)
第31条 人権委員会は、少なくとも年一回、国会に対し、内閣総理大臣をとおして、その活動に関する報告を行わなければならない。
『解説』
国会に対し、人権委員会の活動を報告することにより、国会において、人権に関する包括的な審議がなされることが期待される。
第7章 罰則
『検討課題』
調査を任意とし、調査および勧告の履行確保は、公表によって行うこととしたので、罰則は不要と思われる。
 
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